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手塚海之(24)(てづか みゆき)
職業:占い師
大事なもの:弟
その日、駅前の路上で占いをしていた手塚。
時刻はすでに4時。そろそろ会社帰りの人が駅から出てきて、手塚の仕事も最終ラッシュを迎える時間である。
と、その前に。
手塚は、ジャケットの懐から携帯電話を取り出すと、どこかにかけ始めた。
『もしもし、ミユ兄?』
「真司、今大丈夫か?」
『うん、平気だよ。仕事も小休憩だから』
「それはよかった。今日の夕飯のことなんだが」
城戸真司。
手塚の弟がアメリカから帰ってきて1週間半。
15年という月日の長さ、どれ程焦がれただろう。
幼い自分達がばらばらになってしまうのは、しょうがなかったのかも知れない。
だが、真司だけ、真司だけが一人別の遠い場所に離れてしまう。そのことに、あの頃はいつも泣いていた。
幼いながら“会えない”ということを、深く受け止めていた。
真司が自分達の下へ帰ってきてくれてから、15年の時間を埋めるがごとく、1日のうち5回は声を聞いて、一回は顔を会わせる、というのが何故だか兄弟の間で暗黙の決まりごとになっていた。
そのため、夕飯は4人そろって食べる。城戸が休日になると(城戸以外)自営業の兄弟達はこぞって城戸を誘い出す。
“どんな手を使おうが、弟と共に”
これが、今の兄弟(3人)のフレーズになっている。
「真司。今夜、夕飯でも一緒に食べないか?」
『今夜?』
「ああ。秀兄が夕飯の用意をしてくれているそうだ」
正確には、長男の北岡秀一が開業している弁護士事務所、その事務所の秘書をしてくれている由良吾郎という男が、だが。
『ちょっと待ってて』
暫く、上司と話し声が聞こえてくる。
『うん。いいよ!』
少々意気込んで返事してくる相手を、可愛いと思いながら、時間を伝えておく。
「では、6時ぐらいにそっちに迎えにいく」
『え、でもそんなんじゃミユ兄、二度手間じゃんか』
「いや、大丈夫だ。今俺も、○△駅の前で店を開いているんだが、秀兄のところに行くには、お前の仕事先を通るのが一番の近道なんだ」
『へーそうなんだ♪』
ここで地図があったなら、手塚が“今いる駅”と上げられた駅の名前が違っているのがお分かりいただけるであろう。
そして、それがどれ程遠回りであることかも、お分かりいただけると思う。
「だから、迎えにいく」
『じゃあ、お願いしようかな』
実はまだ土地勘がなくて、北岡の事務所に辿り着ける自信がなかったのだと、苦笑い交じりの声が電話口から聞こえてくる。
『そういえば、行きがけに何か買う物とかはあんのかな?』
「そうだな・・・特には・・・・・・・・・・・」
城戸が勤めているOREジャーナルから北岡の事務所に向かう間には大きなスーパーがあり、かなりの品揃えである。
そして、このスーパーが大のお気に入りである我が四男。
となれば・・・
「ああ、そうだ。卵と牛乳と、専門店でパンを買ってきて欲しいと言っていた」
『卵と牛乳と、パン?』
「ああ。明日の朝食にフレンチトーストをするそうだ」
『よっしゃあ!』
上2人の兄達も一蓮托生である。
きっと、長男のことだ。真司がこのスーパーに寄ることはあらかじめ予想しているであろう。
占いにもそう出ているし。
由良の作るフレンチトーストは、これまた城戸の大好物であった。
となると、今日の城戸は北岡の家に泊まりである(朝食を食べるがために)。
なら、自分もお泊りセットを用意しなくてはならなくなる。(真司といるために)
『ミユ兄は6時前あがり?』
「ま、そんなところだ」
『わかった。じゃあ、また後でな!』
「ああ、また後で」
通話を切って、携帯電話を懐に戻す。
今日は少し早めに切り上げて、いったんアパートに戻ってからお泊りセットを担いで、OREジャーナルへと真司を迎えにいこう。
駅のほうへ顔を向けると、ちょうど電車がやってきたらしく、駅からは人が次々と出てきた。
「さて、もう一仕事だ」
その日。卵と牛乳と食パンは、北岡弁護士事務所の宛名で領収書が切られたのだった。
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手塚氏の弟溺愛ぶりを書きたかったのですが・・・
なんだか、微妙な溺愛ぶりになってしまったような・・・・。