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「おい、真司!この文章翻訳してくれ」
「あ、はい」
東京都内にある従業員数5人という小さな会社。
そこで、ほやほやの帰国子女である城戸真司は、ジャーナリストの卵として修行の日々を送っていた。
アメリカから帰ってきて1ヶ月。そろそろ日本の暮らしにも慣れてきて、色々と珍しかったものも当たり前となってきた。
とはいっても、近代の発展途上国は文化の違いはあれど、生活内容は余り変わりないものと感じる。
特にこの日本と米国とでは、住んでいる人たちの色が違うだけといった感じもあるため、尚更かもしれない。
城戸は編集長である大久保から渡された英文の論文を読み始めた。
そして、読んだ箇所からどんどんパソコンに翻訳文を打ち込み始める。
ジャーナリストとして外を駆け回ることもあるが、やはり今はまだ翻訳の仕事の方が多い。まぁ、何事も経験ではある。
これもそのうち何かの役に立つ日が来るだろう。そう考えながらも翻訳された文はどんどんと打たれていった。
「うっし。出来ましたー!」
「よし、令子。書き直し頼む」
「はい」
「大丈夫ですよ!!ちゃんと書きましたって!!」
「だーめーだ。お前の文は幼稚すぎる。それに、その論文は硬っ苦しいもんなんだぞ?」
「大丈夫ですよ!!ちゃんと出来ましたって!!」
「じゃぁ、ちょっと見せてみろよ」
翻訳文が打たれたパソコン画面を覗き込む大久保と桃井。
それをどうだと言わんばかりに胸を張ってみせる城戸。
次の瞬間、そんな城戸の頭に大久保の鉄拳が落ちた。
「っ!?」
「お前なー・・・・コレのどこがちゃんと出来たって言うんだよ?」
「城戸君・・・『びっくり』とか『すっごく』なんて使っちゃだめでしょうが・・・・」
呆れる二人に目を白黒させさっき打ち込んだ己の文章を改めて覗き込む。
「えーそうですか・・・?でも、この方が感情は伝わりやすいって思うんですけど・・・?」
「あのなぁ〜・・・こういった文章では感情の前に、どれだけ読みやすいかなんだよ。感情が入りまくった文章は偏った文章だ。読む人がそれぞれに思うこと、
考えることを自由に発想できるのがニュースの文なんだ。これじゃあ、お前の感情を押し付けてるみたいな形になるだろうが」
「あう・・・・」
城戸真司、23歳。
ジャーナリストの道のりはまだまだ遠いらしい。
そうこうしてると、一旦自分のデスクに戻った大久保が何やらメモ用紙の束を片手に再び城戸のもとにやってきた。
「おい、真司。この間話した企画、覚えてるか?」
「え?」
数日前に月曜日恒例の企画会議が行われた。そのときに、今少々人気がある紅茶やコーヒーといった飲み物の専門店について記事を書くといった企画が持ち上
がったのだ。
「確か紅茶について、でしたっけ・・・?」
「正確には専門店についてだ。ついでに言えば、紅茶だけじゃなくてコーヒーや日本茶とかもだぞ」
持っていたメモ用紙でぴしゃりと頭をはたかれる。
「で、お前、確か紅茶の専門店は知ってるとこがあるとか言っていたよな」
「あ・・ええ。ありますよ。紅茶の種類豊富な専門店」
「お前、今からそこにアポとって行って来い」
「え・・いいんですか!?」
ガタッと椅子から立ち上がるなり大久保に詰め寄る。
城戸がアルバイトとして入ってからこの1ヶ月間。外に出たのは2,3回程度だ。
しかも、大先輩である桃井のお付としてだ。
どれだけ自分だけの取材を望んだことか。勿論自分は新米でまだまだだということも十分理解している。
理解しているが、それでも望むのが人間というものだ。
「ああ。そろそろ、一人で行ってもいいだろうってな」
「あ・ありがとうございます!!!俺、行って来ます!!」
「ちょっ!!馬鹿!!!アポを取ってからと言っただろうが!!!!!」
そうして。
「こんにちわ〜!!」
「あら、いらっしゃい」
「待ってたよ真司君♪」
「もっと静かに来れないのか貴様は・・・」
OREジャーナルと同じく東京都内。
閑静な住宅街の中にひっそりとある紅茶専門店アトリ。
真司の知っている店というのはここのことである。
因みに、大久保に言われきちんとアポは取ってある。
「今日はよろしくお願いします」
「いいわよ。こっちもお客さんが増えてくれれば万々歳だもの」
城戸がこの店を知ったのはほんの2週間前。
その日、休みだった城戸は街の散策に出た。自分が住んでいる街がどんなものなのかを知りたかったためである。
そして、小さな肩掛け鞄に財布や携帯を入れて気の向くまま住宅街を歩いていた。
すると見事に・・・
『迷った〜〜〜!!!』
である。
丁度平日だったその日、閑静な住宅街は何時もより静かで人気のないものだった。
人に聞こうにもその人が居なければ仕方ない。
しかも
態々
インターホンで、『すいません、ここって何処ですか?』と、聞くには度胸が無い。
そういった度胸はあと30年ぐらいしたらがいい。と、どこか違う考えが浮かぶ。
確か秀一の事務所からそう遠くは無いはずとは思う。思うのだが、今ここが何処なのか、東西南北さえも分からない状態では、“思う”というだけでは先ずどう
にも出
来ない。
心底困って住宅街をあっちやらこっちやら右往左往していると、前方に真っ黒い人影を見つけた。慌ててその人物に駆け寄り、
『すみません!!ここって何処ですか!?』
と、聞いたのだった。
そして、今の自分の状況を説明すると、相手はぶっきらぼうなりに大きな街道へと続く道を教えてくれ、そのまま去っていった。
教わった道を歩き、無事に街道へとたどり着いた城戸は、安心したと同時に喉の渇きを感じた。
そういえば、朝に水を飲んでから何も飲んでいない。そう思うと益々喉が渇きを訴える。
近くの自販機で飲み物でも買おうかと、来た道を少し戻る。先ほど、自販機を見かけた覚えがあったのだ。
そして、目的の自販機を見つけると同時に、そこの向かいに住宅街には少々変わった洋館風の家を見つけた。
『えっと・・・“花鶏(アトリ)”・・・・?』
どうやら喫茶店のようである。
客の物なのか、店の前には黒い中型バイクが一台止まっている。
丁度いい。偶には洒落た感じで行ってみようではないか。美味しければ兄達にも教えて皆で来てもいい。
そう思い、店の扉を開く。
『いらっしゃいませ』
『あ、あんた・・・さっきの!』
そこで出迎えてくれたウェイターは先ほど、城戸が道を尋ねた人物だった。
まさかここで働いていたとは。そういえば、さっきは何やら食料が入った紙袋を持っていた。
この店で使うものなら合点がいく。
『さっきはサンキューな。ちゃんと街道にいけたよ』
『そうか、それは良かったな』
ぶっきらぼうは変わらないが、こちらを見る表情は少し柔らかく感じる。
『蓮、お客さん?』
『ああ』
『いらっしゃいませ。お好きな席にお座り下さい』
出てきた少女。
どうやらこの子もここの店員のようだ。
『オーダーは何にします?』
『え・・と、あのコーヒー一つ』
『コーヒーは無い。紅茶だけだ』
『え、紅茶だけ?』
さて困った。
自分は紅茶の銘柄を知らない。
紅茶は紅茶。コーヒーはコーヒーとしか知らない人間なのだ。
悩んでいる城戸に、少女は優しく笑いながら、
『苦いのは好き?』
『え?苦いの・・・?あまり好きじゃない・・・かな?』
『じゃあ、匂いが強い飲み物は好き?』
『飲めなくは無いけど、苦手』
その後も続く少女の質問にどんどん答えていく。
そして、
『決まったな。好きなところに座って待ってろ』
全て答えたらしい城戸は、その黒い人物に肩を叩かれた。
そのまま奥へと引っ込んだ相手を見送り、徐にカウンターの席へと座った。
『えーっと・・・どうゆうこと・・・かな?』
未だに先程の質問の意味が分からない。
真司はカウンター越しの少女へと問いかける。
『さっきの質問で貴方の飲みやすい紅茶を探したの』
『へ?』
『“苦い”は紅茶の茶葉によるの。日本茶で言うなら一番茶や二番茶のこと。種類にもよるけどね。“匂い”は紅茶の性格っていうのかしら?発酵方法や茶葉と
一緒に入ってる物によるんだけど、甘い匂いとか花の香りとか色々あるの。だから、さっきほ質問でうちの店にあるリストからお客さんが一番飲みやすい紅茶を
リストアップしていったの』
『ああ、成る程!』
それなら紅茶の種類を知らない人間でも、自分にあった紅茶を選ぶことができる。
『何か医者の問診みたいな感じ』
『そういえば』
少女もそこまで考えていなかったようで、二人で笑った。
そうこうしていると、奥から先ほどの青年がトレーに紅茶を載せてやってきた。
『セイロンのOP(オレンジペコー)だ。あっさりとしていて飲みやすい』
目の前に置かれた一杯の紅茶。
仄かに香る馨しい芳香。
カップの取っ手に手を掛けて、恐る恐る一口、口に含む。
『美味しい!』
『良かった』
『当たり前だ』
これが始まりで、その後サナコさんにも面識をもった城戸は、店主に大いに気に入られ毎日のようにこのアトリに通うようになった。
通っていくうちに知ったのだが、ここは少女の叔母であるサナコさんが店主で、その姪っ子がユイちゃん。この店を手伝っているのだそうだ。
そして、城戸に道を教えてくれたのが秋山蓮。このアトリで働いてるらしい。因みに、店の前にあった黒い中型バイク――その後、車種は“シャドウスラッ
シャー”と判明――はこの秋山蓮のものだと知った。
「えーっと、じゃあ先ずはサナコさんに聞きたいんですけど」
「はいはい」
初めて任された一人の仕事。
頑張って良い記事を書いてやる!!
そんな城戸を秋山はカウンターの奥で紅茶の準備をしながら―― どこか優しげに ――見ていたのだった。
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ギャグと秋山氏へたれ方向に持っていきたいです。
(確実とは分かりませんが)
セイロンのOPは狼が一番好きなものです。
飲みやすく、匂いも強くなく。
お勧めの一品です♪