カウンター











黒い背中を見送った城戸。
何時もの日常に訪れたとてつもない爆弾。
嫌、すでに爆弾と呼べるような代物ではないのかもしれない。
一先ず、自分が知っている歴代の――とはいっても、5代ぐらい前までだが、森の民と海の民が接触したことはなかったはずだ。
これは、とてつもなく凄いことではないのだろうか・・・・?
いや、すごいことだ。
自分で自問自答しながら、城戸は再び本のある部屋へと戻った。
自分の荷物を置きっぱなしにしていたことを思い出し取りにきたのだ。
荷物を担ぎあげ、ふと足元を見ると、

「あれ?」

一枚の黄色い羽根が落ちていた。

「あの子のか?」

ちぃと呼ばれていたあの小鳥の羽根だろうか?
ふと、その羽根を鼻に近づけ、匂いを嗅いでみる。
微かに海の匂いを感じる気がした。

「・・・・よし」

その羽根を潰さないようにと、自分の服へと刺し付け、城戸は建物を出た。
正直いうと、未だに心臓の動悸が世話しない。
耳にドクドクと脈のうるさい音が聞こえるようだ。

「・・・頭、撫でられた・・・」

海の民に、だ。
あの喧嘩っ早いやら、殺人鬼やらなんやら森で囁かれている海の民にだ。
そーいえば、あいつ、笑ってなかったな・・・。
秋山と名乗った男は、たぶん自分とあまり変わらない年だろう。
まぁ、海の民の成長速度が著しく速かったり遅かったりしなければ、の話だが。

「笑ったら、どうゆう表情すんだろ?」

こちらを見る黒い眼は、真顔か少々驚いたような感情しか表わしてなかった。

「また、会えっかな・・・?」












森を進み、再び境界線である崖へとやってきた。
肩にとまた小鳥は、崖を見ると自ずから羽を広げ下へと降りっていった。
その様子をしばし見て、秋山は上ってきた場所へと足を向けたようと、

「ん・・・?」

傍にある滝の水の音に混じり何か音がすることに気づく。

「なんだ・・・?」

低い何かの振動の音のようであり、一定の変速のない音。
その音が気になり、秋山は再び森へと戻った。
とはいっても、その音は森へと入ってすぐの場所からしており、滝に続く川のすぐ横にあった。

「なんだ、この穴は・・・・?」

そこにあったのは、人が一人ほど入れる穴。
多分知らずにそこを通過したら見事に嵌ってしまうだろうと思う穴なのだが・・・

「音は、この中からか・・・・」

先ほどから聞こえる不思議な音は、この穴の中から聞こえてくる。
目を凝らして見ると、中にはうっすらとした光が見える。

「・・・・明かり?」

何故、こんな穴の中に明かりがあるんだろうか?
不思議になって、秋山は顔を入れて中を覗き込んだ。

「・・・・・」

顔を入れただけでは、その明りの正体を確認できないとわかったが、顔を入れた時、階段らしきものを見つけた。
顔をあげた秋山は、

「・・・・ここまでくれば皿までだな」

毒を食らわば皿まで。
ここまで来たら全部見てやろう。

一先ず深さを確認するために、その穴の中に石を投げ入れた。

―――― カンッ・・・カンッカンッカンッカン・・・

直ぐ何か固いものにぶつかり、一定に転がり落ちるような音が聞こえる。
多分それがさっきうっすらと確認した階段だろうと推測される。
この穴はあまり深くはないらしい。
それでも念を入れ、近くの樹に巻きついていた長い蔦を鋭い表面を持った石で切断し、樹に巻きついてる部分を残し穴へと垂れ下げた。
その蔦を掴み、秋山は穴の中へと入った。











建物から出て、城戸は遅くならないうちに集落へと戻ることにした。
帰ってから屋根の修復作業と、夕飯を作らなければならないのだ。
のんびりはしてられない。
少し重い木の板を担ぎ直し、集落へと戻ると手塚が迎えてくれた。

「おかえり、城戸」
「ただいまー」
「いい木はあったか?」
「ばっちり!」

担いでいた木の板を見せると、手塚はうっすらと口元に笑みを浮かべた。

「良かったな。ところで城戸、お前夕飯はどうするんだ?」
「え、屋根直してから作るつもりたけど?」
「なら、俺のうちに来ないか?ちょっと量を多めに作ってしまってな」

困っているんだ、という手塚に城戸は二つ返事で頷いた。
そんな城戸の様子を、変わらない笑みで見ていた手塚だが、城戸から微かに感じる匂いに一瞬眉を寄せた。

「城戸・・・・」
「ん?」
「・・・・いや、何でもない」

そして、目に入った黄色い羽根。

「城戸、その羽根はどうしたんだ?」
「えっあ!!・・えっと、そ・・・ひ、拾ったんだ!!森ん中で!!」
「きれいな色だな」
「だろう!!だから思わず拾っちまってさ」

城戸の服についていた黄色い羽根。
それを城戸の服からちょっと失敬して鼻に近付けた。
そして、感じた潮の匂い。

「城戸・・・・まさかとは思うが、境界を越えてはいないよな?」
「こ、越えてない!!」
「本当か?」

先ほどの笑みが消え、その表情は真顔。
感じる大きな威圧感。

「越えてない!信じてくれよ!!!」
「分かった・・・信じよう」
「・・・ほ」

安堵する城戸を見る手塚の目には、怒り、呆れといった感情は見られなかった。

     その眼に映っていたのは―――― 深い悲しみ。













穴の中は初め方はかなり暗かったが、入ってから地面に着くころにはうっすらとした光が点々としていた。
地面に足がしっかりと着いてることを確認してから、秋山は蔦から手を離した。

「この光は・・・・」

うっすらとした光は、岩肌の壁からところどころ出ていた。
これは・・・

「コケ・・・か?」

以前に、北岡は苔の中で暗いとこで光るヒカリゴケという種類があると言っていた。
海の近くには暗がりなどがないから、たぶん見ることはできないと思っていたが、まさかこんな所に自生しているとは思わなかった。
その苔の明りを頼りにあたりを見回すと、やはり目の前に下へと降りる階段があった。
手を上にのばしてみると、指先に天井が触れた。
つまり人が歩くには十分なスペースだ。
秋山はヒカリゴケの明りを頼りに、階段を降りはじめた。

暫く歩いて分かったこと。
この階段は岩や石で出来たものかと思ったが、違うようだ。
歩くたびに、カツ、カツ、と高い音がする。
こんな音をたたせるものは、何かしらの金属なのだろうか?
しかし、金属は貴重で産出される量は少ないはずだ。
とれたとしても、生活必需品に姿を変えるため、こんな階段一つに使ってられるわけがない。
不思議に思いながらも、秋山は階段を降りる足を止めなかった。
階段は緩やかなカーブを描き、大きな円を描いているようだ。
壁には相変わらずヒカリゴケが生えており、薄暗い空間を作り上げている。
この階段は長い間使われていなかったらしく、砂ぼこりだらけで、金属も所々錆びているのが分かる。
不思議な音はこの空間に入ったときをピークにずっと大きく響いている、

「いったいなんだって言うんだ?」

響く音。
それから5分ほど階段を歩いただろか、ようやく下の階に下りた。

「・・・これは・・・」

階段を折りで少し進むと、そこには逆さU字型に大きな水の壁が視界いっぱいにあった。
どうやら、ここは滝の裏側になっているようだ。
はたして今のこの高さは既に下まで降りた高さなのだろうか?
秋山は上を見上げるが、暗い空間は、先似見れば見るほど暗くて見ることはできない。
入ってきた穴さえ確認できなかった。
何処かに出口はないものかと、しばらくその空間を探索してみると、滝の横にまた人が通れるほどの狭いスペースがあった。

「ここか?」

この空間は人工的なものであって、自然に出来たものではない。それは、階段を見ても明らかだ。
それで入口があるということは、出口もあるに違いないと、秋山は考えていた。
隙間は人が一人通れる幅である。
一先ず、その隙間から顔を出して覗いてみると、

「やはりな・・・」

視界に広がるのは、地面と雑木林。
境界線とされている崖の滝壺の横に出れる仕掛けになっているようだ。
出口の足元を見れば、対岸に渡りやすいようにだろう、飛び石が配置されていた。
外から何度も見た景色だというのに、この石の位置に気づかなかった。
随分と、手の込んだ通路なのだな、と感じた。


















  寒いと思ったら、雪か。


  炎の爆ぜる音は耳に残る。




  城戸 ―― お前に初めて会ったあの頃は、
        
               こうなることなんか考えもしなかったな。


















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