カウンター











黒い髪に黒い眼。
どこかで聞いたことある見た目で・・・・

確か・・・・

考え始めたとこで、手繰り寄せられた記憶の糸。
そして、城戸の頭の中で、

『それは海の民だ』

と、正解を答えてくれた。

「う・・・みの・・・」


     ――― 海の民は喧嘩っ早く、よく相手を殴り殺す。


―――― 殺されるッ!!

一気に全身を駆け巡った鳥肌。
城戸は慌てふためいてその場から逃げようとした、が、
慌て過ぎて、椅子にけっ躓いた。

「う・・・ッ!!」

悲鳴を上げる前に、

―――― ぶつかるっ!!!

思わず目を閉じた瞬間、何かに思いっきり左腕を引っ張られる感じがした。

―――― え?

そのまま、硬いが人の温かさを感じる何かにぶつかり、

「くッ!!」
「のわぁあ!?」

二人して、後ろ向きに倒れた。


秋山が、思わず引っ張った城戸の体は、勢い余り秋山にぶつかる形となり、二人して倒れてしまったのだ。






本が埋め尽くされた部屋から、ドシンッと、大変痛そうな音が聞こえた。






「あてて・・・・」

倒れた時、足を捻り、どうやら右腕を強か打ったらしい。
そして、引っ張られた左腕はどこか筋を少し痛めてしまったらしい。
城戸が、痛いところをゆっくりとさすっていたら・・・・

「こっちの方が痛い」

いきなり、下から声が聞こえてきた。

「あ、悪いッ!!」

慌ててそこから退くが・・・・
待てよ、城戸真司。
そう言えば、ここに誰か入ってきたやつは誰だったっけ・・・・?
そして、下に倒れた人物に目をやると、

目を引くほどの、黒い髪、黒い瞳。

カタカタカタカタ・・・・・・・チンッ!  

「う・海の民だぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「うるさい」

ゴン。

「あてッ!」

殴られた。







倒れそうな相手を思わず、引っ張り起こすまでは良かったものの、勢い余ってそのまま自分にぶつけてしまい、その重さに耐えかねて 思わず後ろ向きでこける羽目になってしまった秋山。
人2人分の重さにうまくバランスを取れず、そのまま頭を強く打ってしまった。
幸いだったのは、そこの床が絨毯で、比較的軟らかかったことだ。

「ッ〜〜〜!!」

久々に感じたじぃんと響くような痛みに、我慢していると、頭上で声がした。

「あてて・・・・」

どこかのんびりと間の抜けた声。
その声を聞いて、思わず秋山は、

「こっちの方が、痛い」

と、返していた。
打ちつけてしまった後頭部を撫でながら状態を少し上げると、相手は慌てて秋山の上から退いたが・・・・
その視線が、妙な感じでこちらを見やる。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
こうやって海と森の民が言葉を交わしあうなんて、今まで聞いたことがない。
で、その相手はいきなり、

「う・海の民だぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

と叫ぶので、

「うるさい」

と、条件反射的に殴ってしまった。

「あてッ!」

絨毯に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がった瞬間に後頭部にズキリとした痛みが走り、そこに手をやると、少し腫れているようだ。
先ほどぶつけた頭はどうやらたんこぶが出来たらしい。
小さい頃、父親と共に漁に出て、船の上でこけた時以来だな、と軽く場違いなことを考えていると、 目の前の男は、殴られた箇所を両の手で押さえ、涙ぐんでいた。
はて、そんな強く殴った覚えはなかったが・・・・・
と、何やらぶつぶつと呟く声が聞こえた。

「殴られた・・・海の民に殴られた・・・おれ、殺される、殺される・・・・」
「・・・・・・・・何を言っているんだ?」

斜め45度右上りの予想外な言葉に、秋山は思わずぽかんとして、聞き返してしまった。

――― 殺す?誰を?この目の前の男をか?
    何なんだ?森の民とやらは殴る=殺すなのだろうか?そりゃまた随分のんびりとした考え方で・・・
    だとしたら、随分と話に聞いていた怖いイメージとかけ離れているな・・・・

森の民とやらはどれほど非・暴力的な生活を送っているのだろうか?
一先ず、未だにぶつぶつと呟く男の頭に手をやり、さっき叩いてしまったところをそっと撫でてみる。
すると、今まで下を向いていた男は、何かに弾かれたようにこちらをみやり、再び固まった。

「いきなり殴ってすまなかった」
「え・・・?」

一先ず、相手を落ち着かせることにした。
相手の年齢は、見た目は自分と同じぐらいだと思うが・・・もしかしたら、森の民はとても成長が早いのかもしれない。
そして、この男は、実は少年と呼ぶような年齢なのかもしれない。

「まだ、痛いか?」
「い・・いや・・・」

驚いたような顔でこちらを見る 男(仮)ゆるく首を振った。

「別にお前を殺すつもりもないし、どうこうする気もない。だから落ち着け」
「・・・・・・」









いきなり殴られ正直、城戸はここで殺されてしまうのだと心から思った。
しかし、頭に手を置かれ、謝られ、かけられた言葉には相手を殺そうなどと言う気配は全く感じられない。

「あんた・・・・」

これが海の民なのだろうか?
森の中で言われ続けた海の民はとても恐ろしく、会えばそれまでの命、といった風に伝えられてきた。
城戸の中には正直、冷たく酷い人間なのだと思っていた。
実をいうと、城戸の中にあった海の民のイメージは、魚のような尾びれや背びれを持ち、海の中を自由自在に泳ぐ人間というものであった。

「何だ?」
「ほ・・・本当に、海の民なのか・・・?」

聞いていたイメージとはかけ離れたその様子に、城戸は驚きと小さな好奇心を含んだ視線で目の前の男を見上げていた。
城戸の言葉に、「そうだ」と、男は頷く。
やはり、目の前の男は海の民なのだ・・・・
・・・・と、待てよ?

「ここって、確か境界線を越えてるよな・・・・?」
「・・・・」

その一言に、目の前の男は視線をずらした。
どうやら、分かっていて入ってきた確信犯のようだ。

「あのなぁ・・・・どういった理由で境界線を越えたか知らねーけど、ちゃんと決め事は守ろうぜ?」
「鳥を探しにきた」
「え?」

鳥?
鳥って、あの黄色い鳥か?
先ほどまで城戸の肩に乗っていた黄色小鳥は、今、倒れている椅子の背もたれに止まっていた。

「ちぃ」
「ちぃい」

男が小鳥を呼ぶと、小鳥はここにいるとでも言わんばかりに返事をした。

「そうか、お前、“ちぃ”って言うんだ」
「ちぃ」

城戸の言葉に、小鳥は返事をした。
そんな小鳥の様子に、城戸は優しく微笑む。







目の前の男(仮)の、小鳥へと向けられた笑みに、何か心の奥の方で引っかかる物を感じた。
しかし、それは直ぐにどこかへと消えてしまい、秋山は何かの勘違いだと思うことにした。

「東条と佐野が心配しているぞ」

二人の名前を出すと、小鳥はぴくりとこちらに顔を向けた。

「トウジョウ?サノ?」
「怪我していたこいつを連れて帰って、看病していた二人だ」
「怪我してたのか、こいつ?」
「まったく。まだ病み上がりの状態だって言うのに」

目の前の男(仮)は、椅子に止まっている小鳥をそっと手に乗せた。

「だめだろう?人に心配かけちゃ」
「ちぃ」
「こいつを探していたら、上から鳴き声が聞こえたんでな」
「だから・・・・って、あの崖登ったのか?」
「ああ」

思わず呆気にとられた顔をさらす男に、内心間抜け面と思い、未だ男(仮)の手に納まっている小鳥へと手を差し出し、自分の方に移らせた。

「帰るのか?」
「用事は終わった」

鳥を肩に乗せて、秋山は部屋のドアへと向かった。
そのまま扉を開き廊下に出る。
この建物に入ってきた時とは逆に進み、外へと出た。

「で、いつまで着いてくる気だ?」

秋山が外へ出てくると、男(仮)は一緒に外へと出てきた。

「いや・・なんていうか・・・」
「俺が珍しいか?」
「うん」
「素直だな」

大きく頷かれ、小さく笑みが出た。
海の民が珍しい。
それは森の民にとっては当たり前だろう。
こちらとしても珍しいのだ。
森の民は。

「お前、名前は?」
「へ?俺?」
「そうだ」

いきなり名前を聞かれた男(仮)は、再びぽかんとし、次に人懐っこい笑みを顔一面に浮かべた。

「城戸真司」

その時、今まで空気が流れるような森の気配が、一瞬だけざわり・・・と動いた。

「城戸・・・真司」
「で、あんたは?人に名乗らせたんだから、あんただって教えてくれんだろう?」

城戸はそういって、好奇心の強い視線をこちらに向けてくる。
秋山は一瞬だけ、考えたが、

「秋山だ」
「秋山・・・」
「秋山、蓮」

アキヤマ レン。
城戸の口が、音もなくそう形取るのを確認すると、秋山は今度こそ建物と、城戸に背を向けた。




















初めて、お前に会ったあの時。



怖かったけど、内心すごくわくわくしてた。



なぁ、俺だって後悔してないぜ。



だってお前に会ったこと、後悔なんか出来やしないんだから。















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