漸く崖を登り終えて、ひとまず地面に寝転んだ。
思いのほか疲れる。漁で網を引く要領で己を持ち上げるよう登っては見たものの、もうしばらくは上りたくないな・・・と、心の中で思った。
「さて・・・・」
境界線を越えた。
今いるのは森の民の領域である。
それを心に刻んで、秋山は歩き始めた。
歩き始めてすぐ、驚いた。
それは、“森”というものがイメージと全く違っていたのだ。
腕を回しても、届きそうもない大きな木々がずっと並んでいる。
下にあった林に立っていた木々はもっと細ぼそとしていたが、全く違う。
その木々の葉に太陽の光は殆ど入ってこない。
そして、匂い。
海の潮の匂いとは違う、緑の・・表現が難しい匂い。
秋山は、足もとの樹の根に躓かないよう慎重に歩いて行く。
木々は柔らかなコケに覆われ、茶色い幹は、緑色をしていた。
至る所に蔦が垂れ下がり、名前も知らない虫が飛び交う。
「これが森・・・」
湿度の高いその場所に、秋山は空気の密度の濃さを感じた。
海で感じられた風を殆ど感じられない。
ゆるく頬を撫ぜるのみだ。
風と表現するよりも、空気が流れると言った方がいいかもしれない。
そのままゆっくりと歩いて行くと、目の前に白く輝く何かが見えた気がし、それを目指して歩いて行く。
「これは・・・・?」
目の前に現れたのは、白く大きな建物。
太陽の光に白い壁が反射して白く輝いていたようだ。
四角い建物は、大きく森の中にぽっかりと聳え立っていた。
「素材は石なのか?」
こんな大きな一枚岩、どうやって均一な厚さに切りだしたのだろうか?
しかも、壁、天井といった部品を考えると、少なくとも5枚はいる。
そもそも、どうやってこれ程の大きな石を運んだのか。
それとも、ここに最初からあったものを削り出したのだろうか?
浮かんだ疑問が尽きないまま、その建物の周りをぐるりと歩くことにした。
白い壁には、植物が絡み付き、場所によっては緑色の壁と変じてる箇所があり、時折見える中は小石や砂、落ち葉などで汚れており、
既にここに人は住んでいないのだと、秋山は悟った。
そのまま進んでいくと、大きな窓枠があった。
玄関らしきものは先程見たので、多分これは、大きな窓だったのだろう。
そこから中に入る。
白い建物は、中も白く、机やら棚やらが半分朽ちていながらも、そこに点在していた。
床の上を歩くと、砂利や砂を踏み、小石がすれる音がした。
壁にかかっているのは、絵だろうか?
それにしてはとても立体に書かれている。
しかし、その全てが色あせてしまい、人の顔を判断するにはとても難しい状態だった。
その部屋を見回して、秋山は再び歩きだした。
直ぐに見える扉を押し開き、廊下に出る。
光の差し込む廊下を左手に進むと、一番奥にまた扉があった。
そして、徐にその扉の取っ手に手をやった。
袋に入れていたパンは全部で3つ。
パンの大きさは手に持つには丁度いい大きさ。
「このままだと全部食べちまうな」
「ちぃ」
鳥の返事に小さく笑いながら、城戸は袋から竹で作った水筒を取り出した。
中には水を入れてある。
「ん・・・」
それをひと呷りすると、顎に零れ伝った水を鳥が啄ばむ。
そんなとき、
――― ジャリ
「え?」
誰かの足が砂や小石を踏んだ音を聞いた。
誰か、来た。
ここは境界線の近くであって、本当は城戸自身も近づくことはあまり許されていない場所である。
―― ヤバイッ!!
もし、ここ――境界近くにいる事が手塚にでもばれてみろ。
それこそ、一日、いや、一週間は延々と説教を食らわされる。
「冗談じゃないッ」
慌ててあたりを見回し、机の下にもぐりこみ隠れる。
正直言って、あまり良い隠れ場所ではないのだが、この際しょうがない。
小鳥も肩に止まったままだ。
―― どうかばれませんように!!
心の中で呪文のように、何度もつぶやく。
キィィ・・・・
蝶番の壊れた扉が開く音がした。
ばれませんように!
心の中で呟いていると、
「ちぃ!」
男の声で、そう声がした。
「ちぃちぃ!!」
それに答えるかのように、肩に止まった小鳥が鳴く。
「えっわ!!馬鹿!!」
「誰だ!?」
小鳥が鳴いて、慌ててそこを這い出た。
せめて、つかまらなければ、何とか知らぬ存ぜぬでここにいた事を無かったことにしてしまおうと思ったのだ。
城戸は這い出ると咄嗟に男の声がした方を見た。
「え・・・・?」
「お前・・・・?」
そこにいたのは黒い髪。
黒い瞳。
扉を開けると、そこには書物がぎっしりと入った棚がいくつも並んでいた。
秋山はそれらを一瞥して、ひとまず小鳥を探すことに専念しようと思った。
「ちぃ!」
すると、
「ちぃちぃ!!」
返事をする声。
やはり、境界を越えてこちらに来ていたようだ。
それと同時に、
「えっわ!!馬鹿!!」
男の焦った声が聞こえた。
その声が誰なのか、何なのか、それを考える前に、声の主は机の下から鳥と供に這い出てきた。
咄嗟にこちらを見た男の姿に、秋山は茫然としていた。
「え・・・?」
「お前・・・?」
茶色の髪、薄い色の瞳の色。
あの時が、始まりだだったのだろうか?
いや、たぶん終りが始まってしまったのだろう。
それでも、俺はお前に会えたこと、後悔だけはしたくない。
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