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島の中には、大きな滝があった。
滝の上流にはこんこんと湧水が絶えず溢れていた。
森の民は、その湧水を。海の民は、滝から流れてくる水を飲み水といった生活水にしていた。
滝の高さはざっと見ただけでも、30メートルはあるだろうか。
崖はごつごつと岩肌が垣間見られ、人が簡単に登れるようなものではないうえ、崖の上は森の領域。
それを分かってるから海の民は上ろうとは考えたことがなかった。



そんなある日。
秋山宅。

「何、小鳥が?」
「そうなんだよ、東条が看病していてちょっと目を離したら」
「佐野君が林で、怪我してきたのを連れてきて、診てた・・・」

この二人は雑木林に出掛けた際、怪我して蹲っていた小鳥を見つけ、自宅に連れて帰り、看病していたらしい。
因みに、森の民との境界線には雑木林が広がっており、許しがない限り、林には入ることのないようにと言っていたのだが。

「で、勝手に雑木林に入ったことについては、素直に怒られに来たということだな?」
「ぅうー・・・すみませんでした!」
「ごめんなさい・・・かも」
「東条!!」

佐野が慌てて東条の口をふさぎ、こちらに愛想笑いを向ける。
その様子に、呆れた溜息を一つ吐く。

「仕方ない、小鳥は俺が見てきてやる」
「本当っすか!?」
「・・・・ありがとう」
「しかし、お前らには、罰として漁の雑務を一週間してもらうからな?」
「ぅ〜・・・やっぱりぃ・・・・」
「・・・・」

嫌そうな表情をするものの、嫌と言わないところを見ると本当にその小鳥を大事にしていたようだ。
自分達で林をさんざっぱら探して見つからないのだと言っていたこの二人。
再び小さな溜息をついた秋山は、仕方ないと二人に漁の雑務を今から直ぐにやるように言いつけると、 小鳥の名前や見た目を聞き、家を出た。
砂浜を歩き暫くすると、目の前には横に広がる雑木林が見えてきた。
この雑木林は奥に進むと高い崖があり、その崖が森の民との境界線とされていた。
つまり、この島は2段構造になっているのだ。
秋山は、その崖にそって歩き出した。
小鳥の名前は『ちぃ』と言うらしい。
鳴き声がちぃちぃというとこから取ったらしい。
毛色は全体的に鮮やかな黄色で腹が白色、尾羽は長い。
名前を呼べば飛んでくると聞いていた。

「ちぃ!」

名を呼びながら崖に沿ってどんどん歩いて行く。
森ほどではないが緑の雑木林は、普段海しか見ていない秋山に森はこういうものなのだろうか、と想像させた。
そのまま歩いて行き、丁度滝のある場所までやってきた。

「ちぃッ!!」

結構大きな声で名を呼んでみる。
すると・・・

――― ちぃちぃ

聞こえてきた鳴き声は、

「上・・・・?」

頭上から聞こえた。
つまり、それは・・・

「境界線か・・・・」

この崖が境界線であり、これより上は森の民の領域となる。
普段であれば秋山はこの時点で諦めて帰り、二人に境界を越えて向こう側に入ってしまったから諦めろ。
と、長らしく言っていた。
しかし、

―― この先には何があるのだろう?

朝の集会で出された話題。
 
  『各集落の若者たちは、境界線に近づきたがるそうだ』

―― 境界線。ここから先は・・・・未知の領域。

生まれたのは好奇心。
一先ず、小鳥を連れて帰らなければという言い訳を心でした秋山は、あたりを見回し、ちょうど上まで延びていた蔦を見つけた。

「これなら・・・」

ぐっと引っ張って、体重をかけてみるが、千切れる様子はなくこれなら上へと登ることができそうだ。

「よっと・・・・」

そうやって登り始めた崖。
しかし・・・・


「・・・・つ、疲れてきた・・・;」

流石、見上げて上が見えない崖だけはある。
唯一崖の上の方が垣間見れる砂浜から見れば、大体100メートルは優にこえているかと思っていたが・・・案外もっとあるのかもしれない。
しかし、今は一応頂点が見える状態であり、たぶん三分の二は登ったと思われる。
となると、

「降りるより、このまま登った方が早いか・・・」

そう考えを出すと、自分を鼓舞して蔦を握る手に力を込めて再び登り始めた。









今日の朝食は、去年の秋に収穫して、干して保存食として取っておいた木の実各種を使って、簡単なパンを焼いた。
小麦は手塚にもらったのである。
それと、集落の一つで農業を営みにしているところから、買った牛乳。
城戸はパンの出来具合に自分で満足しながら、牛乳を飲む。
食べた後、今日やることを考える。
そう言えば、この家の屋根の一部がちょっと破損していたか。
となると、板を貼り直さなければいけないなー。
じゃぁ、ちょっと材料になりそうな木を見に行くか。
あと、晩飯用の食糧を採ってこなきゃいけないな・・・・。
森の民の基本は自給自足だが、各集落ごと、縄張りを決めている。
決めることによって、食料が無くなってしまうという事故をさけているのである。
勿論、各集落ごと、何かあった場合には助け合い、食料の援助を行うこととしてある。
小さな揉め事は各集落で起きたことはあるが、大きな問題へと発展したことはない。
そのため、特にこの決めごとを変えることは必要としなかった。

背負うタイプの袋を用意して、折りたたみ式の鋸を入れる。
それから、まだ残っているパンを潰れないように配慮して袋に入れる。
袋を背負って、木の実を見つけた時ように籠も持つ。
そして、俺は森へと進んだ。






「あ、紅い実みっけ♪」

森に入って直ぐの場所。
今の時期によくなっている木の実を見つけた。
それを持ってきていた籠へと摘み取った。
そのまま屋根の材料に良さそうな木を探して、森の奥へと進んでいく。
城戸が住んでいる集落は、ほぼ森の真ん中にある。
つまり、森の奥というのは、森の外へと通じる道でもあった。

「と・・・これ、結構いいかも」

見つけた巨木。
その木はすでに寿命を終え、静かに横たわっていた。
木の折れた個所を覗くが、倒れてからあまり時間は経ってないようだ。

「虫食いもあまりないし、腐ってる所も少ない・・・」

木の周りを注意深く見ていく。

「よし!これに決定!!」

実際は切ってみなければ中の様子はわからないが、見た目、これなら大丈夫だろうと、持ってきた折り畳み式のこぎりを取り出した。
本格的加工は集落に戻ってからすればいい。
だから、今は屋根に使える分と、持って帰るのに支障がない分を切り出す。
作業を始めて三時間ほどは経っただろうか。

「まぁ・・・こんなもんか?」

巨木の一部を横切りにし、それを縦に三等分にし、その真ん中の板を近くの蔦で運びやすいように縛った。

「これで、よし」

自分の仕事ながら出来栄えにうんうんと頷く。
木の板を足元に置いて、使った道具を袋にしまって、後は、

「夜の食料か・・・」

でも、その前に力仕事をしたせいで腹の虫が鳴き始めた。
どこか昼を食べえるに適したところはないかと考え、

「・・・・・ぽん」

手をぽんと叩いた。
あそこがあるじゃないか。
城戸は木の板を肩に担ぎ、持ってきた袋と鞄を持つと、移動し始めた。

木を切り取った場所から西に向かってしばらく歩くと・・・

「あったあった」

まっ平らで真白い石で作られた四角く大きな建物。
手塚が言うには、これはコンクリートという建築用の素材らしく、かなり昔の建物だと言っていた。
この建物はずっとずっと昔に人が住まなくなり、すでに蔦や植物が巻きついている。
割れた大きな窓から中に入り、お気入りの部屋へと進む。
中は砂や小石でかなり汚れている。
蝶番の壊れた扉を難なく開き、城戸はとある部屋へと入った。
そこは、書物で溢れかえり、立派な机と椅子が一セット設けられていた。

「さて・・・今日はどれを見っかな・・・?」

本の背表紙を見ながら適当に抜き取った本を手に椅子へと座った。
袋からパンを取り出し、本を開きパンにかじりつこうとした時、
すると・・・

「ちぃちぃ」
「ん?」

椅子の近くにある大きな窓から一羽の鳥が見えた。
鮮やかな黄色に柔らかそうなお腹の白い羽毛。
小柄で愛らしい鳥だった。

「さっき鳴いたのお前?」
「ちぃ♪」

鳥は自分だと、翼を広げて鳴いた。

「そっか。これから飯なんだけど一緒に食う?」
「ちぃ♪」

小鳥は一声鳴くと、こちらにぱたぱたと飛んできた。
それを肩に乗せ、パンをちぎり小鳥に差し出す。

「朝作ったばっかだから、美味しいぜ?」」
「ちぃ」

ぱくついた小鳥の姿に笑みを浮かべ自分も食べる。
暖かな日差しがさんさんと浴びれるこの場所は、城戸にとって、とてもお気に入りの場所だった。
























もし、あの日あそこに行かなかったら、




俺はお前に会うことはなかったのかな?




でも、たぶん違う日に違う形で会ってたじゃんじゃねーかな。




なんてたって、俺とお前だもん。























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