――Two wishes and hope――
「手塚さん・・・・」
「ユイちゃん・・・・」
ユイの姿を見て、少しだけ顔をしかめた手塚はそのまま少女へと近寄り、
「元気そうで、良かった」
「・・・手塚さんも」
手塚はユイの返事に、少女の肩に手を置いて一つ頷いた。
「カンザキシロウも元気そうだな」
少女の肩から手をを退けて、そのままカンザキシロウへと振り向いた手塚はいつもの笑みを浮かべていた。
「お前も、秋山も・・・・俺はカンザキが苗字でシロウが名前だ。勝手にカンザキシロウという固有名詞を作るな」
「分かった。カンザキシロウ」
溜息をつくカンザキシロウの言い分を、分かったと頷いたものの、返す言葉は相変わらず。
その様子に再び溜息を一つ着いて、カンザキシロウは城戸へ一回視線を向け、手塚へと振り向いた。
城戸とリュウガは何も言わず、その光景を眺めるだけ。
「お前はこの状態を知っていたんだな?」
「ああ。かなり前から知っていた」
カンザキシロウの質問に頷きながらそう返すと、手塚は秋山へと振り向き、一つ手をあげ「久しぶり」と改めて告げた。
「手塚・・・」
『手塚君』
「城戸、頼まれていた着替えを持ってきたぞ」
『ありがとう』
手塚の言葉に、頷いて笑みを浮かべる城戸。
『タツヤもタツマもサンキューな』
「気にするな真司」
手塚と共に来た、2人の青年はリュウガの後ろに控えるよう立っている。
身長は秋山よりも高く、どこぞの悪徳弁護士と張り合えるほどではないだろうか。
一人は燻した鋼を磨いたような黒く短い髪に金とも茶ともつかない目をしており、
もう一人は光の加減で紅く燃えるような色に見える髪を長く伸ばし、後ろで一まとめにくくり、隣の青年と同じような目をしていた。
そして、この二人は顔立ちがとても似ている。
双子、そう言葉が秋山の頭の中に過ぎた。
気にするなと城戸に言った赤髪の相手は、もう一人の青年とともにこちらを見てくる。
「・・・・・何だ?」
何も言わず、こちらを見てくる相手に秋山は不信感を抱き、警戒の念を抱き始めた。
「秋山、蓮・・・・か」
「・・・・何故、俺を知っている?」
先ほど、何度か自分の苗字は会話に出ていたが、手塚達が出てきたときからは蓮という名前は会話には出ていなかったはずだ。
なぜ自分の名前を知っているのか?
呟かれた自分の名前に警戒の念をさらに強め、相手を強く睨み返す秋山だが、こちらの名前を呟いた紅い髪の青年はどこか楽しげにこちらを見るだけでそれ以上
は何も言わない。
その様子に秋山の不信感は怒りに摩り替わったのだが、タイミングを見計らったように、城戸の言葉が秋山をさえぎった。
『・・・蓮。こっちの二人は、俺とリュウガの従兄弟で、時田 竜也と竜馬だよ』
「従兄弟?リュウガと・・・?」
城戸から聞かされた言葉に、改めて疑問が浮かぶ。
―――俺とリュウガの。
つまり二人の従兄弟。
では城戸とリュウガは血縁関係となっているのか。
新たな疑問に、紹介された二人の青年とリュウガ、そして城戸の顔を順々に見ていく秋山。
ユイと少女の兄は、手塚のほうへと不安げな顔を向けたが、手塚はただ笑って秋山たちの様子を見ていた。
「秋山、こいつ等は元モンスターで長い髪がドラグレッダー、短い髪がドラグブラッカーだ」
「な!?」
秋山の様子を楽しげに見ていた手塚は、秋山の肩をたたいて、そう述べた。
手塚の発言に、兄妹も驚いた顔で二人の青年へと視線を向けた。
「モンスター・・・・だと?」
驚いた顔のまま、鸚鵡返しに呟く。
「因みに、城戸とリュウガは今双子としてこの世に生を受けている」
やはり双子――血縁だったのか、と、心のどこかで納得感を得た秋山は城戸をもう一度見た。
苦笑する城戸。
その顔が肯定を表している。
「手塚、本当の時間の流れはモンスターも人として生きていたのか・・・?」
そして浮かぶ新たな疑問。
前の時間はカンザキシロウによって幾度となくやり直しをされていたため、歪んでいたといわれていた。
だが、その歪みがなくなると・・・・?
手塚へと振り返りそれを聴く秋山だったが、
「嘘・・・・」
「ユイ?」
少女のかすれた声に慌てて振り返った。
ユイは、信じられないと目を開いて、驚いた表情のまま固まっており、――無意識にだろう、髪を掴んだ両の手は小さく震えていた。
「どうしたんだユイ?」
「そんな・・・・なんで?」
『ユイちゃん・・・』
不安そうな城戸の声が聞こえる。
「真司君、きちんと説明して。なんでモンスターがいるのか、リュウガがいるのか・・・・なんで、真司君がこんなことになっているのか」
『・・・・・分かったよ』
微かな震えを残しながら、両の手を足の上に置いた少女は、こちらを不安そうに見る城戸にそう強く、言った。
そんな少女の様子に城戸は再び苦笑しながら頷き、座っていた椅子の近くにあるテーブルに載っていたファイルを開いた。
『あ・・・今日は多くて2人だ・・・・・』
今日は少ないな、と小さく聞こえてきた言葉。
少ない?2人?何のことだろうか?
秋山や兄妹は顔を見合わせた。
「2人?」
秋山が「どういうことだ」、と聴くと、横にいた手塚が答えた。
「城戸の部屋はちょっと特別でな。その日によって入れる人数が異なってしまうんだ」
つまりは人数制限。
そんな制限をされる部屋とは、何が特別なのだろう。
「・・・・どういうことだ?」
さらに詳しい説明を聞こうとする秋山に、手塚は「後は城戸に聞け」とだけ述べ秋山から離れた。
「カンザキシロウ。悪いがお前には俺とリュウガ、あとはドラグの2人で説明させて欲しいんだが」
つまり、城戸とは秋山と少女に。
その意味に、カンザキシロウは「分かったと」だけつげた。
「では城戸。俺達はしたのロビーに行っている」
『ありがとう、手塚君』
「秋山、ユイちゃん。言いたいだけ文句を言ってやれ」
「手塚さん・・・」
手塚は少女の言葉に一つ頷くと、リュウガに一言「行くぞ」とだけつげ、カンザキシロウと後の2人を引き連れてさっさと姿を消した。
「真司の部屋に入るには、あそこの扉だ」
手塚の掛け声に頷いただけで其処に残っていたリュウガは、秋山と少女に重々しい扉をさした。
「そんで、中に入ったらまず出入り口の扉をきちんと絞める。そうしたら空気が10秒後に噴射する。それで体についたごみや雑菌などを吹き飛ばす。その次に
滅菌の薬品を含んだ空気を同じように吹き付けられるけど、ちょっと我慢してくれな。それを終えたら、次の扉を開いて、粘着質のシートの上を歩いてくれ。靴
とかについた汚れをとるから。そうしたら、その空間に手を洗う場所があるから備え付けの石鹸で手を洗って、嗽。手をアルコールで消毒、それが終わったら、
その次の部屋にかけてある白衣と手袋、マスクをして中に入る。いいな?」
秋山は重々しい作業に不安感がさらに強くなるのを感じる。
そして、リュウガの言葉を頭の中で復唱し頷いた。
「・・・・分かった」
「じゃ、真司を宜しく頼む」
リュウガはそれだけ言うと、手塚たちが消えたほうへと歩き出した。
「蓮・・・」
「ああ」
先ほどまでガラスの近くにいた城戸は『待ってるね』とだけつげ、カーテンの向こうへといってしまった。
ユイの呼びかけに小さく頷いた秋山は窓に立てかけていた受話器を戻し、もう一度先ほどまで城戸がいた場所を見やった。
残された二人は、指された扉を開き中へと入り、先ほど言われたように体の滅菌、消毒を終え、最後の扉を開き、城戸のいる部屋へと入っていった。
「いらっしゃい。二人とも」
幾重の扉を開き、最後の扉を開く。
そこにあるのは白い部屋。
廊下側のはめ込み窓よりも更に大きなはめ込み式のガラスが今日の青空を映し出し、白い部屋は薄っすらと蒼く染まっていた。
それは水底から上を見上げるときの景色に、どこと無く似ていると秋山は感じた、
病院独特のベッド、廊下側から中を遮断するための大きなカーテン。
テレビにMDコンポ、洋服を入れておくための棚、小さいながら冷蔵庫。
4人がけのテーブルに、人数分のコップに注がれたお茶。
そして、その椅子に座っている城戸がいた。
「座って話そう」
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