――Two wishes and hope――
ようやく帰ってきた二人に、先ほどまで由良が来ており、城戸の部屋について色々と聞きたかったことがあって、待っていた事を告げた。
ちらりと見やった水谷は、首を横に振り、少女はそれ以上のことを告げはしなかった。
「由良が、来ていたのか」
「え、うん・・ずっと待ってたんだけど、他にも用事があるみたいで、また来ますって」
「・・・・そうか」
少し疲れた様子の二人。
「あ・・・あの」
「ん?どうしたユイ?」
兄の手が頭に置かれる。
未だに小さい子扱いだ。
「その、ゴルトフェニックスの方は・・・・?」
こちらもそれが気になっているのだ。
水谷の爆弾発言に2人して飛び出していったのだから。
「ああ・・・あいつは」
「今、とあるグループの会長職らしいぞ」
一瞬時が止まった。
「会長・・・・?」
「テレビCMで見かけるような大きなグループだ」
と、一枚の名刺を渡された。
そこには、羽陵司とう名前と、会長職と書かれていた。
横から覗き込んでいた水谷さえも驚いていた。
「すご・・・・」
思わず呟かれた言葉。
薬品の香りが強く香る廊下。
このフロアだけはその匂いは強くなる。
それは仕方ないことは分かっているが、理由を考えると胸の奥が酷く軋む。
目的の部屋の前までくると、備え付けの受話器を取り、中の住人へと呼びかけた。
「真司ぃーいるかー?」
一ヶ月一度だけ、限られた自由を手に入れる青年に対して、この言葉は使い方が誤っているのは百も承知だ。
だが、どうも城戸の様子を見ていると、そう言うのが正しいとしか思えてならないから不思議だ。
『牛若ー?』
「何度も言うが、俺の名前は・・・」
ガチャリ。
無情にも切られた通話。
暫くすると、城戸真司は嵌め込まれたガラスの前に姿を現した。
城戸が近くに置いてある椅子に座り、備え付けの受話器を取ったことを確認すると、男は言葉をつづけた。
「真司、何度も言うが、俺の名前は久佐賀良恒(くさか よしつね)だ」
『いいじゃん。ヨシツネってついてる時点で、すでに牛若じゃんか』
「漢字が違う、漢字が」
何度目か分からない応答をして、男は着ていた白衣からメモ帳とペンを取り出した。
「何か面白いことはあったか?」
『面白いことねぇ〜・・・』
「じゃぁ・・・今朝は何を食った?」
『アトリ特製スコーン各種!』
「・・・・スコーン?」
『ああ、昨日蓮とユイちゃんが持ってきてくれてさ、すんげ―うまかった!』
「ほぉー・・・で、俺にはおすそ分けなしか」
『あ・・・・』
「前に約束したのにな〜・・・うまいものが手に入ったらおすそ分けって・・・・」
『ちょっゴメンッて良恒ぇ〜〜!!』
うつむき加減に横を向く。「ヒューラリーヒュー」等と、口ずさむ。
受話器はしっかり持ったままだから、その口ずさむ声さえ城戸の耳には届く。
『だからごめんって言ってんだろ!!』
「・・・・あぁーあ・・・」
未だしょぼくれるこの男をどうしたものかと悩む城戸。
「はい、おふざけ終り」
『へ・・・?』
いきなり正しい姿勢に戻った男はメモ帳に暫し書き込んで、「うーむ」と唸った。
『よ・・・良恒?』
「何だ?」
『落ち込んでたんじゃ・・・・・』
「あーそうさ。どこぞの誰かさんが約束を破ってくれるからな〜」
『だからごめんって!!今度はちゃんと残しとくから!!!!』
「・・・・本当だな?」
ちらりと見てくる視線。
『本当だって!!』
「よし、分かった。今度約束破ったら・・・」
『やぶったら・・・・?』
「注射してやるよ。直径10cmのぶっといやつ」
『残します残します!!残させてください!!!!』
「ははははは」
男の笑い声に、城戸は安堵の表情をした。
そして、今度からはおいしいものは必ず残すこと、と心にしっかりと焼き付けたのだった。
「で、この間渡辺先生に聞いたんだが、真司・・・少し体重が落ちたって?」
『そんな心配するほどの数でもないだろ?』
「まぁ・・・」
確かに心配する程の数値ではない。
だけれど・・・・
『皆、心配し過ぎなんだよ・・・・』
ぶー垂れる青年の顔色は悪くない。
ここ最近見ている顔には、以前にあった力が少しずつ減ってきている気がする。
見た目からも、そして、自分の中にある感覚からも。
危険だと、訴えている。
―――後、もう長くもない。
そう、感覚がつげる。
これをどんな感覚なのか、説明はできないのが酷く歯がゆい。
「なぁ・・・真司」
『ん?』
「・・・何でもね」
『変な良恒ぇ〜』
明るい笑み。
細められる目、上がる唇の両端。
何故、それを不安と感じるのだろうか。
しかし、見れば見るほど、それが上辺だけのモノだと言われてる。そんな気がしてならなかった。
『あ、そだ』
「ん?」
『この間・・・北岡さん達がきたぜ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
『だーかーらー北岡さん達が来たんだって』
「・・・えっちょ・・ま・・・え・・・お、な、何っで・・・って・・・聞いていいっすか?」
支離滅裂な喋り方を気にする余裕ないほど動揺してる男を、半分呆れた顔で見やる城戸。
『蓮が連れてきたんだよ』
「秋山が・・・?」
『そ。なんかね、下の外来で会ったんだってさ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この病院に勤めて早4年。研修期間を含めてである。
医科大学を卒業後、付属のこの大学病院へと入ったのが4年前・・・
確かに、未だ修行の身、あまり外来には入らない。
入らなければ患者さんの名前なんかは聞くことはあまりない。
だがしかし・・・こう、同じ建物内にいたのに・・・
「し・・・知らなかった・・・・」
力なく項垂れる様子に、城戸はため息をついた。
『まぁ、俺のところに来たのも、蓮が連れてきてくれた偶然のようなもんだったっし、ほんの5分かそこらだったし』
だから、そこまで落ち込むな。と、言われるが・・・
「・・・・」
『・・・・・』
落ち込んだ男は立ち直りに遅いものである。
『由良さんも来てたぞー』
「・・・・由良も?」
『そ。二人で一緒にいるらしいよ』
「二人で・・・?」
あの、暖かな光が差し込む事務所で、また二人で働いてるのだろうか?
『ああ、由良さんも北岡さんも、幸せそうだった』
「・・・・そっか」
多分、北岡にあった病気は、城戸とカンザキユイのお陰で消えているのだろう。
『良かったな』
「ああ・・・本当に良かった、ありがとう」
『どう致しまして♪』
礼を言って、返されて、胸の奥がギチリと、軋む。
「・・・真司・・・」
お前は分かってるのか?
『ん?』
もうすぐ、時が閉まろうとしてることを・・・・
「お前・・・」
久佐賀が口を開いたろき、
「居たのか、久佐賀」
「へ?」
廊下側から呼ばれ思わず振り返る。
「羽さん!?」
「ここでは、会長と呼べ」
『へ、陵司?』
久佐賀の声が受話器から聞こえた。
どうやら羽陵司が来たらしい。
すると、ガラス越しに見える高そうなスーツを着た男が姿をあらわした。
男は久佐賀から受話器を取ると、城戸に話しかけてた。
「今アトリに行ってきたぞ」
「へ?」
『あ、どうだった?』
「何も変わらないな」
「って、羽さん!」
「会長だ」
ごん、と、響く音と共に久佐賀が頭を抱える。
「その後に秋山と、カンザキシロウと話をしてきた」
『そっか』
「ああ」
何やら二人の間で完結してしまっている会話。
久佐賀は困ったように二人に視線を向ける。
「北岡達がこの病院に?」
「らしいんですよ」
受話器をスピーカフォンに設定し、壁にかけかける。
「俺、この病院勤めて4年目なんですがね・・・」
「どうやら時の神はお前には微笑んでらっしゃらないようだな」
『本当にな』
と、つなぐ城戸。
「時の神ってあんたでしょ!!」
と、久佐賀が羽に突っ込みを入れる。
「過去だ過去」
「だぁ〜〜!!!!」
過去に時を巻き戻したり早めたりできたとしても・・・・
「今は・・・な・・・」
ぽつりと呟く。
「へ?」
『なんか言った?』
羽はゆるりと首を振った。
「いいや。何も言っていない」
時が閉まる時にでも、な。
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