――Two wishes and hope――
光が差し込むサンルーム。
そこに仕事机を置き、座り心地の抜群な椅子を配置する。
床に敷いてある石は、夏の強い日差しを柔らかく反射し温かさを伝えてくる。
ふと時計に視線をやるとそろそろ予定していた時間が来たことに気がつき、作っていた資料を保存し、パソコンの電源を落とす。
「先生、そろそろ時間です」
由良の言葉に一つ頷き椅子から立ち上がった。
芝浦の事務所を訪ねてから1週間たっているのだが、今日は正式に芝浦の仕事を受ける事務手続きを行うのだ。
正直言って、自分にとってこの事務所にとって余り実りの良い仕事ではない。
何せ、北岡の名前を宣伝広告塔にして足元を固めるつもりである芝浦なのだ。
北岡にとってはプラスにならず、場合にはマイナスになり得ることにだってありえる。
だが、芝浦は記憶を持っている。
なら、この時間の流れを知っているかもしれない。
浅倉は言っていた。
――― 『お前はまだ知らないのか?』
――― 『まだ会っていないのか?』
つまり浅倉はこの時間の流れに関する何かを知っているということだ。
それがどのような状態で運ばれた情報なのかはわからないが。
誰かか、何かを得たことによって知った情報なら、自分はそれが何なのか、まずは其処から始めなくてはいけないのだろうと考えた。
「芝浦の事務所に寄ってから、次のクライアントに行くまで、1時間半程のおひまが出来ますが?」
車の助手席を開け、由良は話しかけた。
1時間半か・・・。
さて、どうしたものか?
「因みに城戸さんの病院に近いです」
「ごろーちゃん、実は狙ってた?」
由良の手元には何やら弁当らしき物を風呂敷で包んだ物が。
「・・・いけませんか・・・?」
基本忠実な由良にしては私用の先回りは珍しい行動である。
そういえば、過去の時間でも一回、由良が反抗的な態度をとったことがあったか。
「・・・いや、行こうか城戸のとこ」
「はいッ!」
あーあ、俺もやっぱ甘ちゃんだね。
「お待ちしておりました!!」
芝浦の事務所の戸を叩くと、待ち構えていたと言わんばかりに、ぱっと扉が開いた。
開いたのは芝浦の友人でこの事務所で一緒に働いているという蔵多圭介である。
正直、芝浦に仲良く何かを一緒にやる友人がいるということが驚きなのだが・・・。
事務所の中に入り、部屋を一瞥すると前回のように芝浦の姿は見当たらない。
「ああ、すいません。淳・・・じゃなくて代表はまたお茶を買いに行ってます」
「そうですか」
どうぞこちらへ。
と通された客間のソファーへと腰をかけた。
「もうしばらくお待ちください」
「あ、はい」
一先ず、鞄を開き必要な書類を出す。
もう一度見落としがないかチェックしていく。
そうやっていると、
「ただいまー・・・・」
少し生気の抜けたような声が事務所の中に響いた。
「遅いよ淳!!」
「だってあのコンビニのレジ、やたら混んでんだぞ!?何だよあの混み様は!!」
やたら混んでいたレジにしびれを切らしつつお茶を買ってきたらしい。
その様子を思い浮かべ、やはり未だ信じられない北岡だった。
「先生!待たせてすみません!!」
「ああ、いえいえ」
買ってきたばかりの冷えた緑茶をガラスの涼しげな器に注ぐと、茶卓に乗せ、トレーに乗せ、蔵田が2人分運んできた。
芝浦が自分の前に座ったのを確認し、北岡は持っていた書類を芝浦に渡した。
「内容をご確認された後、必要な個所にお名前と判子をお願いします」
渡された書類に一通り目を通す芝浦。
容量が良いのは相変わらずで書類のどこに目を通し、どこを後回しにして読めばいいのか分かっている。
芝浦は大事な個所を読み終えると、用意しておいた万年筆で署名し、隣に自分の判と社判をおした。
これにて、この書類は正式なものとなり、法廷でもどこででも通じるものとなった。
後は会社で保存してもらうのと、北岡の方で保存して置くのとで分ける。
入れてもらった冷えたお茶に口をつけ、一息をつく。
「ねぇねぇ、先生」
書類の引き渡しが終わった途端に、芝浦は馴れ馴れしい態度に戻った。
「あによ・・・?」
こーゆー時の芝浦には要注意なのである。
冷たいお茶を飲みながら、芝浦に視線をやる。
「今作ってるゲームなんだけどさ」
「ゲームには興味ないぞ」
「だから聞いてんじゃん」
軽ぅーく馬鹿にされたような、そんな気分。
むっとしたまま芝浦を見ると、相変わらずの笑み。
そして手元に小さめのノートパソコンを取り出し、何やら操作を始めた。
「今作ってるゲームなんだけど、何か足りないんだよね」
「だから興味は・・・」
「特典が付くとしたら先生は何が良い?」
「は・・?」
こちらの意見を押し切り聞いてきた言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。
トクテン?
トクテンって特典だよな?まさか得点なんてものじゃなかろう。
「何かゲームに興味のない奴でもゲームに興味を持ってもらえるようなきっかけが欲しいんだよ」
なるほど。大体の言いたい事は分かった。
確かにゲームをやっていなかった層を引き込めたなら、それはとてもすごいゲームとなるだろう。
だがしかし、
「悪いが俺には思いつかないね」
興味が無い者に聞いたところで思い浮かべられるわけもないのだ。
たちまちふくれっ面の芝浦。
「ほら、だから言ったじゃんか淳」
と、蔵多。
「ゲームに興味を持っていない人にそう言っても、イメージするのが大変なんだよ」
「・・・分かってるけどさ―」
ぶーたれた顔の芝浦は珍しい。
やはり、あの頃のわがまま坊ちゃまは健在のようだ。
書類をしまい、お暇させて貰うことを告げた。
荷物を持って、立ち上がると蔵多が扉を開いてくれる。
「・・・なぁ芝浦」
「何?」
何時聞こうかと悩んでいたが、正直、今を逃したらこの先聞けるか分からなかった。
「今の時間は正しいと思うか?」
多分、そう言えば感の良い芝浦だ、気づくだろう。
そして、小さく顔をしかめた芝浦。
「正しいとは・・・思ってない」
「・・・」
「思えない、思っちゃいけない・・・でも」
思っちゃいけない?
「今が楽しいんだよ」
「え?」
「今が楽しくて楽しくて、やりたい事、次々に出てきて、まだまだ遣り尽くしてなくて、尽くせなくて・・・」
「芝浦・・・」
「でも、間違ってるのは分かってる・・・」
北岡が口を開きかけた時、
―― Rururu・・・Rururu・・・
北岡の懐から携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「ちょっと失礼・・・」
画面を確認すると、由良の表示だ。
「どうしたのさ、ごろーちゃん?」
『あ、いや・・・すいません。予定よりも30分も遅れましたのでどうしたのかと思いまして・・・』
由良の言葉に思わず腕時計に目をやる。
確かに予定を大幅にオーバーしていた。
仕方なくその場を引いた北岡。
駐車場まで来ると、由良が直ぐに助手席を開けた。
「随分とお時間がかかっていましたが、何か問題でも?」
「いや・・・別に問題はなかったよ」
契約はすべて滞りなく終わった。
ただ・・・
「ねぇ、ごろーちゃん」
「はい?」
車は走り出し、城戸の居る病院へと向かいだした。
「正しいと思っちゃいけない時間ってなんだろーね?」
車窓から見える景色は次々と流れていく。
芝浦は言ったのだ、思ってはいないと。
思ってはいない、思っちゃいけない
つまり、この時間の流れは芝浦にとっても、おかしな物であるという事なのは確かだ。
しかしそれを公定してしまうと、今の幸せがなくなってしまう・・・と、いったところだろうか?
「やっぱし、情報が足りないな・・・」
北岡はそうつぶやくと溜息を一つ付いた。
だが、一つ確証はとれた。
この時間の流れは正常ではないのだ。
浅倉の言葉に、芝浦の言葉。
多分こういうことだ。
このおかしな時間の流れは、ライダーだった者達にとって多分過ごしやすい時間の流れになっている。
そしてそれを何かしらの形で教えてくれる人物が居るのだろう。
だから、浅倉は言った。『まだ会ってないのか?』と。
そして、多分この時間は“正解”ではないのだろう。
だから芝浦は『思っちゃいけない』と否定的な発言をとった。
さて・・・・
北岡はもう一度頭の中を整理すると、一息つくように息を吐き出す。
「次にやることが決まったよごろーちゃん」
「え・・?」
不思議そうな声を出す由良に、北岡はシニカルな笑みを浮かべた。
「探すことだよ」
この時間の流れを知っている人物に。
まだ会っていない他のライダーに。
そして、多分であろうこの時間の流れを作った創設者に。
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