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――Two wishes and hope――















夏の日差しが強い中、アスファルトを蹴りつけながら走る。
もうすぐ夕方だというのに、その日差しは一向に弱くなることなく未だ空に輝いていた。

―――どこだッ!?

閑静な住宅街を少し外れた大きな国道。
車の通りも人の通りも多いここでは人探しはかなり厄介だ。
秋山とカンザキシロウはアトリを飛び出すと、そのまま大通りへと走ってきた。
後ろ姿は見なかったが、何となく――感、だろうかこっちだと思ったのだ。

「アソコだッ!!!」

カンザキシロウの叫びに、思わず向けた視線の先には対向歩道を歩いているゴルトフェニックス。
大通りには横断歩道はなく、陸橋が100mの間隔がかかっているだけ。
慌てて一番近い橋を上るが、目標の人物どんどん離れていく。
対向歩道へと降りて、追いかける人物が向かった方角へと踵を返す形で走り出す。
しかし、すでにその姿は視界には入らない。

――間に合うか!?

焦りながらも止まることができず、そのまま走る。
しかし、徐々に足が重くなり膝が震えてくる。

「・・・っく・・そがぁ」
「ハァッ・・・ハァッ・・・」

そうなると長くは持たず、走りながら二人して崩れてしまった。
こちらがこれ程追いかけているのに、相手は徒歩だったというのに・・・

(何故、追いつけないんだ!?)

どう考えても追いつけないはずがない。
向こうは徒歩で、こちらは走っていたのだ。











「で、お前ら二人は私を追いかけて何を聞くつもりだったんだ?」

すぐ後ろから聞こえてきた声。













事実はあまりにも簡単だった。
二人は追いつけないのではなく、とっくに追いついてとっくに追い越していたのだ。
あまりの馬鹿さ加減に思わず、地面の友達になりかけた二人。

「お前・・・」
「何だ?」

目の前にいる質の良さそうなスーツを着ている男性。
見た感じには四十歳半ばかそれに近いほど。
本当に、この男が・・・

「ゴルト・・フェニックス・・・なのか?」

秋山に続くように絞り出されたカナキシロウの声。
ゴルトフェニックスと思われる男性はシニカルな笑みを浮かべ、ふと辺りに視線を巡らせた。
そして、一点を見やると、再びこちらに視線を向け、おもむろに口を開いた。

「立ち話・・・いや、座りこみ話も何だからな。あそこの店に入るか」

男が指した方には、一店の喫茶店があった。




喫茶店店員が他店の店に入る。
それ自体は別段珍しくもなかろう。
しかし、自分の店の専用エプロンをしたまま入る客は、珍しいのではなかろうか。
ゴルトフェニックスと思われる男は、その様子に小さく笑い、さっさと空いている席へと進んでいった。
二人は店に入ったとき、自分たちがエプロンをしたままだったことを思い出し、慌てて外した。
エプロンの端のほうに、花鶏、と刺繍が施されたものでアトリ自体を知らない人でも、何処かの店員だということが分かる。
少し羞恥に駆られえつつも、二人は奥の椅子に座った男の向かい合うような形でお互い並んで椅子に座った。
この店ではどうやら、空いている席に自由に座っていいようで、特に店員は何も言わず氷の入ったお冷を運んでくる。
お決まりの「メニューがお決まりになりましたら、お声をおかけください」という言葉だけを残し、その場を去って行った。
秋山が口を開こうとした瞬間、目の前の男は手でそれを制した。

「一先ず、あれだけ走ったんだ。お前達はまず水を飲め」

そう言われ、初めてのどがカラカラに乾いていることに気が付く。
その言葉に甘え、二人は自分たちの前に置かれた冷たく冷えた水を一気に飲み干した。
思いのほか乾いていた喉は一杯の水では足りなり。
店員を呼び、コーヒーを頼む男と目が合うと、男は苦笑して2人分のお冷と2人分のアイスコーヒーを注文して、下がらせた。
お冷はすでに用意されていたらしく、すぐに手元へと運ばれてきた。
それを手に取ると、今度は半分ほどまで飲み込んだ。
カンザキシロウは、余程乾いていたのだろう、二杯目も飲み干すと中の氷を頬張りかりこりと音をたてて食べ始めた。
二人が一息つけたのを確認したあと、男は両手を組んで、その上に顎を乗せた。

「さて、落ち着いたところで、先ほどの質問に答えるとしようか」
「じゃぁ、やっぱりお前が・・・」
「ああ、私がゴルトフェニックスだ」

カンザキシロウの言葉に軽く頷く。
やはり、この男がゴルトフェニックスだったのか・・・。

「今は羽陵司だ」

そういって、ゴルトフェニックス――羽は懐から名刺入れを取り出し、二人の前に一枚の名刺を差し出した。
そこには、とある有名グループの会長という肩書とともに、羽の名前が書かれていた。

会長職・・・

思わず、ぽかんとしてしまった二人。
そんな二人と一人の前に、頼まれていたアイスコーヒーが運ばれてきた。

「・・・二人は再びあの店で働いているようだな」

その顔には、どこか慈愛のある笑みが浮かべられていた。

「カンザキ」
「・・・何だ?」
「私は、お前が気になっていた、いや、興味があったんだと思う」

以前の時間の中で、自らを犠牲にしてまで妹を守ることを貫いた青年。
いや、あれは守るというものではなかったのかもしれない。

「あそこまで己を貫くお前が、この世界でどう生きているのか」

羽は両手を組んでテーブルに肘を乗せると、組んだ手の甲に顎を乗せた。
その顔には変わらず浮かべられている、優しげな・・・好奇心の見え隠れする笑み。
ふと、秋山は横に座っているカンザキシロウを横目で見てみると、珍しいことに、カンザキシロウは視線を漂わせどこか困っている表情をしていた。
どうやら、どう返せばいいのか分からないようだ。

「・・・そう、言われると何とも返し難いな・・・」
「まぁな」

この兄がライダーバトルまでして守りたかった妹。
いや、守りたかったのは妹ではなかったのかもしれない。

「俺は・・・ユイの為だと言いながら、自分の居場所、存在意義の公定をしたかっただけだったんだ・・・」
「カンザキ・・・」
「・・・」

カンザキシロウは、空になっていたお冷のグラスを見つめてぽつりぽつりと語り始めた。

「両親の虐待を受け、閉じ込められて・・・ユイが熱を出したとき、俺はユイの体調を心配して両親を呼んでたんじゃないと、思う」
「どういうことだ?」

男の疑問に、カンザキシロウはぎこちない苦笑を浮かべ、コーヒーを一口だけ飲んで、小さく眉をしかめた。

「俺が恐れていたのは、置いて行かれることだ」



あの日、体調の悪い妹は、素人から見てもとても危ないと感じた。

―― ユイが、ユイが・・・ッ!!

―― お父さんッお母さんッ!!開けて!!ユイが・・・ユイがッ!!!

このまま妹が死んでしまったら、この家には、両親と自分だけになる。
そんなのは嫌だ。
妹がいたから、妹が居てくれたから、俺は我慢できたというのに・・・・ッ!!



  ―――――――――――― イヤだ。


  ―――――――――――― 一人はイヤだ。



―― ユイが、死んじゃうよッ!!!

置いていかれてしまう。

―― ここを開けてッ病院にッ!!お父さんッお母さんッ!!!!

一人になってしまう。




『そっちに行っていい・・・?』




―― ・・・え?

既に椅子に座っていられなくなった妹は、床に倒れ、先ほどまで聞こえていた呼吸の音も、今は聞こえていなかった。




『私が変わってもいい?』




―― いい・・・ユイが生き返るなら・・・一人は嫌だ、俺を一人にしないでくれッ!!




『わかった』












「あの時、俺はユイの事より、一人になってしまうことが酷く恐ろしかった」

それは、あの火災で両親が死んでからも消える事のない闇だった。
優しい親戚に預けられると聞かされ、妹と別離になること言われ、また置いていかれてしまうと心が震えた。

「それに・・・」



『二十歳になったら死んじゃうよ?』

『20回目の誕生日が来たら死んじゃうよ?』



「鏡の世界のユイは、実態のヨリシロがあったとしても、20歳までの時間しかこちらの世界では生きていく事が出来なかった」



それが、俺の心をずっと締め付けていたんだ。
ユイが二十歳になったら、俺は再び一人になってしまう。





「その事が、この世の終わり以上に、俺には恐ろしい事だったんだ」















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