――Two wishes and hope――
「・・・一先ず、仕事を先に片付けるとしますか」
「ああ」
浅倉が記憶を持っていること、その上性格ががらりと――見た感じは変わらないが――変わっていることに、心底驚いたがプロはプロ。
自分が何のために来ているのかはきちんと覚えていた北岡。
「まぁ、今回お前のとった行動は結果的にとは言えど人助けだから?別段罪になるようなことは無いな」
「だろうな」
浅倉は夜、ふらりと街中を歩いていたところ、女性の悲鳴を聞いた。
最初はほんの好奇心。助ける等は余り考えていなかった。
悲鳴の聞こえた方を見ると悲鳴を上げたであろう女性が此方へと逃げ走っているところだった。
その後ろには、強盗なのか何なのか男が付いてきている。
『助けてください!!』
そのまま浅倉の後ろへと逃げ隠れた女性。
勿論のこと、男は直ぐ目の前。
よくよく見ればその手には凶器のアーミーナイフが握られていた。
そこで思わず、
――
バキッ!!
その男の顔をグーで殴ってしまったのだ。
そのため、その容疑者は鼻骨骨折となってしまった。
「ま・・なんていうかさ・・・お前らしいよ。うん」
思わず相手を殴ってしまい鼻骨骨折までにしてしまうところが、前の浅倉を少し彷彿とさせた。
「まぁ、この件はすぐに片付くさ。初審で終わらせてやるよ」
「今度は頼んだぞ?」
「嫌味言ってくれるじゃない?」
前の時間において、浅倉を無罪放免に出来なかったことを持ち出され、北岡は苦笑いを浮かべた。
そうして面会時間は終わり、北岡は次のクライアントに会うために椅子から立ち上がる。
「んじゃ、今度は裁判所だな」
「北岡」
「?」
立ち上がり、アタッシュケースを持った北岡に浅倉が呼びかける。
まだ何かあるのだろうか?
「何だ?」
「・・・馬鹿はどうしている?」
馬鹿?
馬鹿・・・・やはり、馬鹿というと・・・
「城戸のこと?」
名前を挙げると、頷く。
そう言えば、浅倉と秋山と三人で城戸は馬鹿か否かを多数決したことがあったか・・・。
前の時間での記憶を思い返してみる。
しかし・・・
「あの浅倉がねぇ〜」
「・・・何だ?」
北岡の揶揄する声色に、浅倉は不機嫌そうな表情をした。
「いぃ〜や、まさかお前が他人の心配をするとはねぇ〜」
すると浅倉は行き成り立ち上がり、座っていた椅子を、
――
ガンッ!
蹴った。
どうやら、良心的になっていようとも、キレやすいのは変わらないようだ。
「はいはい、城戸のことな」
「さっさと喋ろ」
しかし、
「北岡弁護士、時間が過ぎているので早くにお願いします」
「あ、すみません」
当に過ぎてしまった面会時間。
「しゃーない。て、言うことで浅倉、城戸のことは又今度な」
「・・・・」
北岡は浅倉が何か言う前にと、そのまま捨て台詞のように部屋を退出した。
出入り口に向かうため廊下を歩く。
退出時間を書き入れるために受付によると、ふと視線を感じた。
「・・・?」
何だろう。
気になって目線だけで追うと、一人の男が壁にもたれるように立っていた。
この受付に居るのは面会の人か看守である。
制服を着ていない時点で、この男は誰かの面会者であることが分かる。
気にはなるものの、時間が迫っていたので北岡はその場を後にした。
「浅倉さん」
壁にもたれて立っていた男に、受付の看守が声を掛けた。
「今、弁護士の方がお帰りになったので、面談室に案内します」
「はい」
建物の窓には全てに鉄格子が付けられている建物の中を進む。
「こちらです」
看守によって空けられる扉。
アクリル板の向こう側に見られる目的の人物。
「じゃぁ、時間になったらきますんで」
「ありがとうございます」
看守は、男を中に通すと自分は外へと出て行った。
「元気にしてたか?」
「まぁな」
向かい合わせに座る。
差し入れは、先ほど受け付けに渡したので、きっと夜ぐらいには浅倉の手元に届くだろう。
「さっき差し入れをしておいた」
「・・・またか」
「そういうな、可愛い弟と格好良い兄からの愛の産物だ」
「お前等のはただの残り物処理だ」
差し入れの中身は昨日の夕飯の残り。
余って処分に困ったものを適当につめて持ってきたのだ。
目の前の浅倉は、不機嫌そうに眉根を潜め、その表情を暫し、楽しそうに見やってから男は口を開いた。
「さっき、北岡を見た」
「・・・ああ、俺の担当になった」
特に興味のなさそうに話す相手に、気にする様子もなく話を続ける。
「城戸のことは言っていたか?」
「聞こうとしたら邪魔が入った」
つまり、タイムアウトだったというわけか。
「と、いうことは知ってるんだな?」
「そういう口調だった」
浅倉はそういうと大きな欠伸をした。
その様子を少し呆れたように見ていた男に、浅倉は口元に笑みを浮かべ
「大丈夫だ。お前が生きてるんだ。あの馬鹿は死んでない」
「・・・そうだな」
「まだ時間はあるんだろう?」
「・・・だと思う」
時間はまだあるのだろうが、どれ程残っているのだろう。
「俺だって今の生活を無くしたくはないからな」
「威・・・」
男は少し驚いたように目を見張った。
「ま、今は早くここから出ることだな」
「そうだな」
そうは言っても、北岡を見てからあせる気持ちを落ち着かせることは出来ない。
「ベノスネーカー」
前の時間での名前で呼ばれ、いぶかしんで前の契約者である弟を見た。
「大丈夫だ」
男 ―― ベノスネーカーは浅倉の言葉に小さく「ああ」と答え、右にあった鉄格子の窓から空を見た。、
その空は、青空を所々隠すかのように灰色で厚手の雲が浮かんでいた。
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