カウンター

* =An extra=の「七夕」を先に読むことをお勧めします。




――Two wishes and hope――








水谷が働き始めて2週間がたった。
最初の頃こそ、失敗もすることはあったが、今ではどんな仕事を任せてもそつなくこなすことが出来る立派な従業員となっていた。
そして、いつもの朝のピークが終わり、従業員は何時ものように伸びていた。

「疲れた・・・」
「同じく疲れました・・・」

と、未成年グループ。

「確かに、今日は何時にもまして客の回転が速かった気が・・・」
「気がじゃなく、速かったんだ・・・・」

と、飲酒OKグループが。
この日は朝の開店からやたらと人の入りが多く、何時にもましててんやわんやだった。

「ほらほら、そんなへばってるんじゃない。まだお店は開店してるんだからね?」

と、店主の渇が入り、店員達はピークの片付けに動き出した。
そして、休憩。

今は一人30分を2回ほど。

フロアには大体2〜3人を常備することに落ち着いた。






昼近く。
ランチで込んでくる少し前。
ちょうど秋山30分の休憩をもらい、裏庭で至福の一服を味わっていた。
あと15分ほどで自分の番だ。それまでゆっくりさせてもらうことにしよう。
と、そこに人の気配を感じ、振り返ると、

「水谷?」
「僕も休憩をもらったんで」

どうやら、15分違いで休憩をもらったようだ。
秋山は自分が座っていたコンクリートの段をつめて相手が座れるスペースを空けた。

「ども」

空けてもらったスペースに腰を下ろした水谷は、「ふぅ・・」と息を吐いた。

「何だ疲れたか?」
「まぁ、それなりに」

そう応えると、再び秋山が吐き出した紫煙が、あたりを漂う。

「・・・秋山」
「何だ?」

会話の言葉遣いは、年上に対するものなのだが、何故だか名前だけは苗字に何も付けずに呼ぶ。
まぁ、余り気にもしないが、少し違和感を感じる。

「僕は、物心付いたときには前の時間を覚えてました」
「ッ!?」

いきなりの告白話しにむせる秋山。
そんな秋山を気にする風でもなく、水谷はそのまま話し進める。

「小さい頃って言うのは、何も考えず自分が思っていることを相手に伝えようとするじゃないですか」
「あ・・ああ」

幼い子供は自分の考えることを大人に一生懸命、これでもかというほどしつこく伝えようとすることがある。
まぁ、個人差はあれど大体の子供はそういう感じだろう。
未だ少しむせる秋山は、そうだなと頷く。

「そのため、両親から見た僕は少し変わった子供だったそうです」

小さい頃から、『僕は鏡の世界に住んでいた、空飛ぶ魚だったんだ』と何度も告げる子供に、両親は困った顔をしていた。
水谷の言葉に、秋山は少し顔をしかめた。

「まさか・・・」
「だからって、愛情を貰わず育ったというわけではありません。うちの両親はそんな僕でも、きちんと愛情を注いでくれました」

秋山が一瞬不安になったことを青年は首を横に振って否定した。

「大きくなっていくと、大体の現状を把握出来てそういった非現実的なことは、言わなくなりました」

きっとこの先に、誰かしゃべれる相手に会えるだろう。
その時まで、このことは喋らないことにしよう。
それが幼い頃、青年が決めたことだった。

「それが手塚と出会うまでだったのか?」
「まぁ、そうなりましたね」

幼稚園の後半からだろうか。
前の時間のことを言わなくなったのは。
そのときは非現実な事を何度も口走っていたため、同じ園の友達にも嘘つき呼ばわりされていたな、とふと思い出した。
そうして、小学生に上がり2年生の夏、ある日学校の前に手塚が現れた。

「海之が学校の門の前に居るのを見て、ああ、着たんだなって思いました」
「・・・手塚がか・・?」
「いいえ。城戸真司と会える時が、です」
「・・・・どうい事だ?」

青年は小さく笑みを浮かべるだけでそのことについては流してしまった。


「手塚と会って、1年間、2人で東京の街を歩き回りました」
「ああ、そのことなら聞いた」

当時の手塚と水谷は2人で城戸を探すために東京の街を2人で歩き回ったと、以前手塚に聞かされていた。

「そして、1年後の夏にドラグレッダー・・・竜也を見つけられた」
「・・・」

それからは、毎日のように城戸の病室に通うようになった。
両親は、器量のある息子を特に疑うことも無く、自由にさせるのが一番と何でも遣らせてくれた。
もちろん、いけない事はダメだと時折きつく叱られたこともある。
それでも、息子を信頼してくれているからこそ自由にさせてくれたのだろう。

「僕は出来るだけ真司のところに通って、その日起きたことや学校で会ったことを報告してました」

教員に褒められたら、その喜び。
誰かと喧嘩をしてしまったら、怒りと後悔を。
そのたび、城戸は笑って褒めてくれ、慰めてくれ。
水谷には自分に兄が出来たような感覚だった。

「そんなことをしていれば、自然と竜也や竜馬、リュウガとも仲良くなりました」

リュウガは意地の悪い兄。
竜也は意地悪だけどまぁ面倒見の良い兄。
竜馬は優しい兄。
海之は何でも相談できる頼れる兄。

そうして過ごしていき、

「僕が4年生になったころの事です」






その日、7月8日。
水谷浩哉はとても機嫌がよかった。
理由は、昨日の午後あたりから何やら体の動きが好調なのだ。
それは今日も続き、体育の授業でも教師に褒められ、クラスメートにも喝采を浴びた。
しかも、学校で校長から直々に賞状をもらえるといった表彰も受けたのだ。
何もかもが上手く行くことに特に疑問も浮かばず、兎に角うれしいの一言だった。
水谷は、それ等を帰りがけに喜び勤しんで城戸がいる病院に報告にいった。
その前日は、家族で七夕を祝うため、病院には行けなかった。
七夕の日付を見ると前の時間で起きたことが思い起こされるが、今はもう恐がることはないのだと感じていた。
そんなこんなで2日ぶりに遊びに来た病院は、白い壁に夕日が当たり紅く染まっていた。
それを幼心に綺麗だなーと思いながら、入り口の裏にある駐車場までやってくると。

『あれ?』

賞状を大事に抱えてやってきた水谷の目には、竜也と竜馬の姿が目に見えた。
何故こんな所にいるのか不思議に思い、声をかけようと思ったのだが、竜也の顔から怒りを見て取り、
此方もとばっちりで怒られるのはごめんだと、後で声を掛けることにして先に病室を目指した。

何時ものようにエレベーターに乗り込み目的の階を押す。
ゆっくりと動き出すエレベーターに、早く目的の階に着かないかと心をそわそわとさせた。
きっと真司や海之は喜んでくれるに違いない。普段意地悪を言うリュウガだって、こんなのを見せればきっとぐぅの音もでないだろう。
水谷は楽しみでしょうがなく、その場で足踏みをして衝動を抑えた。
チンと、甲高い音と共に、目的の階へと着く。
そして、廊下を走らない程度に急ぎ足で歩いていく。
早く見せたくて、褒めてもらいたくてしょうがなかった。

『あ、リュウガ!!』

城戸真司の病室の前には、何故だかリュウガが廊下を背にしゃがみこんでいた。
何時もであれば、人一倍城戸の傍に居たがるリュウガにしてはおかしいな、と不思議には思いはしたものの、気の急いている水谷には関係ない。
リュウガの元へとやってきた水谷は、抱えていた賞状を見せ付けた。

『ほら!!凄いんだよ!!僕、校長先生にこれ貰ったんだよ!!!』

しかし、何故だかリュウガは何の反応は無いく、まったく動かないのだ。
不思議に思い、水谷は未だしゃがみこんでいるリュウガの肩を揺らした。

『リュウガ?どっか具合悪いの?』

ここは病院だ。きっと、具合が悪いと言えば誰かしら来てくれるはずである。
しかし、リュウガは何も言わない。
足を少し動かすと、何かに当たり、カサと音がした。
何だろうと見ると、コンビニの袋。
その中におにぎりが2個とお茶が入ったペットボトルが入っていた。

『リュウガ・・・?』

様子がおかしい。
流石に水谷も気がついた。
リュウガが動かないので、水谷はその目の前にある重い扉から、何時もの手順で真司のいる部屋の中へと入っていった。
部屋の中へ入りベッドへと視線を向けると、

『あれ・・・海之?』

そこには、手塚がベッドの横に座っていた。
手塚は此方に一瞬視線を向けるが、その顔は暗いものだった。

『どうしたのさ!?』

慌てて近寄るも何も言わない手塚。
何時もなら、何かしら自分に声を掛けてくれる城戸さえも今はベッドで寝たきりだった。

『真司、寝てるの?』

と、手塚を見るが手塚は何も言わない。

『いったい、どうしたの海之?真司・・・寝てるんだよね?』

不安げに手塚の袖を引くと、手塚の掌が水谷の頭を撫でた。

『海之?』
『浩哉・・・俺は・・・』

そして昨日何があったのか告げられた。
7月7日。何も無いと思っていた日に起きた出来事。
城戸はそれ以降、まだ目を覚ましていないのだと。

『俺が・・・俺がもっとしっかりしていれば・・・』

昨日祝った七夕。もう手塚は死ぬことは無いのだと内心喜んでいた。
なのに。







「その時、僕は恐くなりました」
「・・・城戸が・・・そんなことが・・・」

紫煙は止んで、暖かな日差しが差し込む。

「その後、城戸は・・・大丈夫だったんだな?」
「ええ。その次の日の朝には何時ものように元気でした」

その返答にほっとする秋山。
それを見届けて水谷は続けた。

「そしてその時、何故だか僕は・・・ようやく今の自分の立場を理解しました」
「立場?」
「はい」

不思議そうに此方をみる秋山に水谷は、小さく自嘲気味に笑った。

「自分は誰を犠牲に生きているのかっていう立場です」

自分はそれまで城戸の願いによって生きているのだと考えていた。
否、実際にはそうなのだ。城戸は自分達の生を望んで願ってくれた。
そして、その願いのために城戸は、代償としてあの病室に居るのだと。
だから出来るだけ城戸に会いに行こうと考えていた。
しかし、そこまでだった。

「小学4年だとそこまで感じるのが限界だったんですかね?」
「どういうことだ?お前は理解していたんだろう?」

城戸が願って存在する立ち居地。
そのために願った城戸自身に科せられた歪みの代償。
それをこの青年はきちんと理解していたのではないのか?
秋山は、訝しげに相手の横顔を見ていた。

「・・・ええ。でも、それは上辺だけのものでした」







手塚は全て話し終えると、再び城戸を見たまま何も言わなくなってしまった。
水谷はベッドからはみ出ていた城戸の手を布団の中に戻して病室を出ることにした。其処にいても、自分には何も出来ないと感じたからだ。
そして、扉を抜け廊下に出ると再び目に付くのは未だ動こうとしないリュウガの姿。
リュウガが塞いでいる原因を知った今、無理に何かさせようとは思わなかった。

『・・・リュウガ・・・?』

きっと、返事は無いだろうと思いつつも、声を掛ける。
すると、小さく肩が揺れ伏せていた顔がゆっくりと此方に向いた。

『・・・浩哉・・』
『リュウガッ!!』

城戸は目覚めては居ないのだが、動かなかったリュウガが動いた。
喜んで傍に近寄り、視線を合わせようとしゃがみこむ。

『リュウガ・・・・』

しかし、何も言う言葉が思い浮かばず、唯名前を呼ぶだけしか出来ない。
するとリュウガは徐に右手を上げ、水谷の肩に置いた。

『リュウガ?』

何なのだろう?
呼ばわるが、相手は此方を見るだけだ。
居心地が悪くなり、身をよじりその置かれた手をどかそうとすると、リュウガはようやく口を開いた。

『浩哉・・・お前調子は良いか?』
『え・・何?』

ようやく口を開いたのだが、声が小さいためか何を問われているのかが分からない。
聞き返すと、今度は先ほどよりも声量を上げリュウガは聞いてきた。

『今日・・・昨日の午後から、体調が良いって感じなかったか?』
『え、何で知ってんの・・・?』

まだ報告していないはずなのに、何故それを知っているのだろうか。
水谷は驚いた表情でリュウガを見ると、リュウガの口元には笑みが浮かんだ。
それは、この時間の中で初めて見た以前の時間での微笑だった。















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