――Two wishes and hope――
次の日は休みだったので、その次の日から、新たなバイト員を含めたアトリのメンバーは朝から働き始めた。
と言っても、最初からピークを手伝ってもらうのは流石に無理だろうとのことで、水谷はピークを過ぎた10時ぐらいからだ。
そして10時。
予定より30分も前からやってきた時間に正しい大学生に、店主はお喜び。
「いやぁ〜、今の子にしてはしっかりしてるわ」
「ありがとうございます」
「えーっと・・・水谷・・・君?」
自分より一つしたの相手に少々四苦八苦の少女。
まぁ、これもぼちぼち慣れるだろう。
少々やきもきしながらもカンザキシロウは少女の様子を見守っていた。
一先ずピークを終えれば、2人ぐらいでフロアは成り立つため、残り1人が指導役となることになった。
まずは勿論のこと接客態度。
講師:秋山
「まずはトレーの持ち方だ」
「えーっと・・・こう?」
両手で抱えるように持つ相手に、容赦無しに自分が持っていたお盆で相手の頭をはたいた。
「痛ッ!!」
「トレーは片手で脇に持つ」
と、見本として秋山が見せる。
「なるほど・・・」
同じように持ち変える。
「そうすれば、前かがみになることも無くなり姿勢も良くなる」
「ああ!」
とても納得といった表情で頷き、ふと、秋山は前の時間でも同じように城戸に教えたことがあったなと、思い出した。
あの時はであってまだ日も浅く、意地悪で色々と愚痴を言っただけでもあったが。
「懐かしいですか?」
「ッ!?」
ふと、思い出していたときに急に言われた言葉。
驚いて相手を見ると、水谷は少し可笑しそうに笑っていた。
「昨日、真司の所にいってバイトの話をしたんです」
そのときに、蓮の指導は容赦が無いと、言われていたのだと言う。
前の時間を少し根に持っているのだろうか、と秋山が城戸に対して疑問に持つと再び水谷は笑った。
「何が可笑しい?」
「いや、すみません。真司が言ってたことそのまんまだったから、面白くて」
城戸曰く、『いいか浩哉。蓮の奴は絶対にトレーの持ち方から難癖つけるからな!それから歩く姿勢に歩き方。メニューの取り方に相手への言葉遣い』このほかにも沢山。
まさしくその流れで教える予定だった秋山は舌を巻いた。
どうやら疑問ではなくしっかりと根に持っていることが分かった。
次。
講師:ユイ
「じゃぁ、私からはメニューを教えるね」
「はい、お願いします」
「あ、いや、頭を下げるほどでも・・・・」
やはりまだ慣れないようだ。
気を取り直して、カウンターに見えやすく並んでいる紅茶の缶を示した。
「まずは茶葉の種類。うちでは基本的にこのカウンターに置かれている20種類を使ってるの」
「2・・20」
「直ぐに覚えられるから」
そして次に教えられたのは茶葉のレベル。
「へぇー・・・ティーパックは茶葉の屑を集めた物なんですね」
「そう。紅茶の茶葉にはそれぞれ茶葉を選別する工程でランクが変わってきて、それの最後がティーバックに使われるの」
「勉強になりましたッ♪」
「じゃぁ、ここからが本番って事で」
「え?」
「まだホールが殆どだと思うけど、一応今のうちから紅茶の入れ方練習しておこう」
「はい、お願いします」
「だ、だから頭下げなくていいってば!!」
次。
講師:カンザキシロウ
「俺からは会計だ」
「は、はい」
「まぁ、之は実際に金を扱うからきっとまだ遣らないだろうとは思うが、出来るうちに教えておきたいからな」
と、昨日のとある客の伝票を取り出した。
「店によって使っているレジの機械は変わってくるが、うちの機械は基本的に金額をそのまま打ち込む」
「ふむふむ」
「伝票を見ると分かるように、注文された商品の一番右側にそれぞれの単価、注文の個数を書いてある」
破棄処分にする伝票を使って勉強。
「ここに書かれた金額をそのまま打ち込んで・・・様は電卓と同じだ。
そして、イコールの合計を押すと、レジスターが開いて、それと一緒にレシートが出てくる」
カンザキシロウが合計を押すと、チンという小気味良い音と共に、カタカタカタとレシートが打ち出された。
「だが、ここで一つ注意がある」
「注意?」
「レシートは必ず客の方に向いて、見やすいように差し出す」
「なるほど」
「紙幣もそうだ、1枚でも必ず客の前で確認を取ってから差し出すこと」
「はい」
「もし2枚以上の紙幣を同時に出す場合は、こうやって・・・」
千円札の金額が書かれたところ重ならないように起用にずらしていく。
「こうやって、相手に千円札が何枚あるか分かりやすいようにずらして渡したほうが良いと俺は思う」
そして次に数枚のコインを取り出す。
「コインも同じで、縦に重なった状態では出さないこと。必ず少し崩して相手に見やすいよう差し出すこと」
「はい」
こうして店の中でのルールを教わりながらホールの仕事も実際に遣りながら勉強していくと、時間の流れはあっという間に過ぎていった。
アトリではだいたい6時半にラストオーダーを取り、7時に終了となる。
曜日によって終わる時間を変えているのだが、この日はたまたま長丁場の7時までだった。
7時半。
「お・・終わったぁ・・・・」
小さなミスもあったが始めてのホールでの仕事を無事に成し遂げ、最後の掃除や片付けを終えて、水谷はカウンターになついていた。
「お疲れ様、はいこれ」
「あ、ありがとうございます」
「蓮とお兄ちゃんも」
「ああ」
「ありがとうユイ」
出されたのは入れたての紅茶。
今日の夕食係はオーナーのため、叔母は既に上に上がっている。
「で、今日働いてみてどうだった?」
今日一日働いてみて。
きっと、前回の時間軸では感じられなかったことを、今沢山感じている、目の前の青年。
それが、目の前の相手にとって、とても良いことであればと少女は願っている。
「とても、大変でしたよ・・」
注文された紅茶の名前を覚えきれず、失礼ながらもう一度注文を確認しにいったり、紅茶の名前がまだ覚えきれないので厨房に伝える際、間違えそうになったり。
色々とミスを連発してしまった。
「・・・でも」
少女に尋ねられ、紅茶を飲むためテーブルから起き上がった青年は、小さく息を吐いた。
それから、
「とても、楽しかった」
と照れくさそうに笑いながら、暖かな紅茶を一口飲んだ。
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