真司の入院費用についてはあまり公言出きるものではない。
それは本人に対しても同じである。
そして、家族の中でも何時しかタブーの用にその事を話さなくなった。

何時からだろう。この秘密を抱えるようになることが酷く辛くなっていったのは。





――Two wishes and hope――








「今日は秋山が同じことを聞きに着ているはずだ」
「・・・それも占い?」
「ああ」

大学の廊下。
リュウガは目の前に立つ手塚を睨んでいた。

「・・・お前は何時もそうやって真司のことをかき回してくれる・・・」
「お前が話さないからだ」

城戸真司については、入院費用の他にも実は秘密にしておくことがいくつかあった。
その最大のものは、真司自身の生存についてである。
真司がこの世に存在するか否かは、本人の願いにより必要な人意外には決して話すことは無かった。
その原因――というほどでもないが、きっかけを作ったのは手塚とエビルダイバーの水谷浩哉である。

「秋山が聞くなら、俺にも聞かせてくれてもいいのではないか?」
「・・・その理由は?」
「ふむ・・・・・」

手塚は暫し考えるように視線を逸らし、再びリュウガに視線を戻す。

「この時間の流れの先を知りたいんだ」
「・・・知ってどうする・・・?」

そう聞くリュウガに手塚は小さく笑った。

「最悪なら、運命を変えるだけだ」






「手塚・・・・」
「邪魔するぞ」

手塚を伴って食堂にやってきたリュウガに、秋山は一瞬だけ目を見張った。
それはそこに居た他の者も同じだったらしく、訝しげにリュウガと手塚を見ていた。

「・・・秋山、手塚も混ざるが良いか?」
「構わん」

竜也がリュウガを見るが、リュウガは少し辛そうに小さく笑い返すだけだった。

「じゃぁ、場所を変えるとするか。此処はもうじき昼食を取る輩でごった返すからな」

そう言うとリュウガはそのまま踵を返し、一人歩き始めた。
それに習うように、そこにいたメンバーはリュウガの後を追った。

着いたのは大学校舎の最上階。
場所は中ぐらいの会議室。其処は普段、まったく使うことは無く、邪魔するような者も来ないらしい。
リュウガに言われ、適当に傍にある椅子に腰をかける。

「入院費用について、だったな」
「そうだ」

リュウガは大き目の椅子にもたれ掛かると、天井を見上げ目を瞑り、軽く息を吐いた。
そして、目を開くと何処を見るでもなく、ぼんやりと天井を見つめたまま話し始めた。

「真司が入院したのは、俺達がまだ1歳にもなってなかった」



物心ついた時には、既に真司はあの部屋におり、自分達とは生活を別にしていた。
そして、真司の病気は決して外に出ることは叶わず、自分達とは暮らせないのだと両親に言い聞かされていた。

小さい頃は別に、入院費用なんかには気にも留めなかった。
まぁ、小さいからと言ってしまえばそれまでなのだが。
小学校の低学年だったろうか。ある日、父親が自分をとある事務室に連れて行った。
そこはいわゆるNPO法人。つまりボランティア団体の事務所で、難病と戦う子供達に支援をしてくれるものだと聞かされた。
その後たびたび連れてかれたその事務所に、ある日父親に聞いてみた。

『なんで、此処に来るの?』
『此処はな、真司を助けてくれる所なんだ』
『真司の病気、治るの!?』
『はは・・・病気の方じゃないんだ』

そういって、自分を抱き上げる父親。

『ここは、真司があのお部屋で暮らしていくのを助けてくれる所なんだ』

幼い自分はあの部屋が特別な物だというのを知らずに居た。

『あのお部屋・・・真司出ちゃだめなんだよね?』
『ああ・・・リュウガは真司とお外で遊びたいか?』
『うん!!』

その時に見せた、父親の悲しげな顔を今でも時折思い出す。



小学3,4年ぐらいになると、金勘定について基本的なことを習う。
その時の授業で、教員はこういった。

『スーパーだけではなくて、皆が好きな遊園地や、嫌いな病院でもお金は使われているんです』

確か社会科の授業だった覚えがある。
授業で金が使われる物ということで、多くの子供は近所にあるスーパーやコンビにをあげた。
そして、そのとき初めて病院にも金を払うことを幼い自分は知ったのだ。
しかし、知ったからと言って今まで自分達が普通に生活してきたのも嘘ではない。
だから、病院に払っている金額だってそれほどの額ではないのだと思っていた。
そのまま中学上がり、ある日両親から話しがあると、真司の許から帰ってきたリュウガを居間に呼んだ。

『話しって?』
『リュウガ、お前が中学生になったら話そうと、母さんと考えていた事があるんだ』
『・・・・何?』

訝しんでこちらを見やる息子に、父親は苦笑の表情を浮かべた。

『真司の入院費についてだ』
『・・・・・・』
『お前も薄々は分かっているんじゃないか?あの部屋のこと』

父親の言葉に、小さく頷く。
何時からか、真司の部屋について気がついたことがある。
先ず第一に、あの部屋がある場所。
病院にも、ホテルのようにVIPが泊まる部屋があるのだと、友人に聞かされたことがある。
そういった部屋は何でも病院の上の階にあるのだとか。それに従うのなら真司が居る部屋はそのVIPに当たるのではないだろうか。
2目に、部屋の中の空調である。
部屋の中に入った外からの菌を殺すために散布されている薬。
実は一種類だけではない。リュウガは幼い頃から数えられないほど通ってそのことに気がついた。
匂いがそれぞれ違うのだ。思い出すだけでも二十種以上は変えているはずだ。
そして最後に、あの部屋に整いすぎている生活水準である。
同じ病院の一般病室を何度か見たことがあるが、個人部屋だってあれほどまで整っている部屋は存在しない。
あの部屋から出ることは適わないからと言ってしまえば、確かにそうなのだがどうも解せない。

『お前も一般病室を見て思ったと思うが、真司の部屋は特別なんだ』
『部屋に撒かれている薬についても、気づいているわね?』

母親の言葉にまた頷く。

『直球に言う。あの部屋は俺や母さん、2人の働きじゃ一生かかっても5,6年が限界だ』
『・・・・・何だって・・・?』

では、今迄の自分達が過ごしてきたこの14年の生活はどうだと言うんだ。
リュウガの様子に、両親は苦笑を浮かべた。

『だって、ボランティア団体に支援してもらってるって・・・・そう、言っただろ?』

少し震える声で言う。
幼い頃から何度と無く連れて行かれた事務所。
あれはなんだったと言うのだろうか。

『ああ。援助はしてもらっている』
『なら・・・ッ!!』
『それだけでは到底足りるようなものではないの』
『・・・え・・・?』

足りない?
リュウガは咄嗟に母親を見た。

『団体から寄付されるのは年間200万。これでも最高額を援助してもらっている。そして、私達2人の年収が合わせて約1,200万』
『それだけあるなら・・・』
『そして、真司の部屋は年間3,000万だ』

言葉が出ないとはこのことだろうか。
父親の台詞にリュウガは思考が止まったような感じを覚えた。
1,200万と200万。双方を合わせた金額でも、入院費の半分にも達していないではないか。
では、何故自分は義務教育ではない幼稚園にも行かせてもらえたのだ。
それでは、これまでの生活は何だったのだろうか。

『何だよ、それ・・・・じゃぁ、うちは借金で火の車ってことか・・・・?』

目の前が真っ暗になる。
何時の間に、いや、自分達が生まれた所為なのだろうか。

『いや、本題は此処からだ』
『え・・・?』
『リュウガ、私達はそう言った環境の中でもこうやって普通に生活していける。それは貴方も今気づいたと思うの』
『あ・・・ああ・・・』

父親は、リュウガをまっすぐ見てこう言った。

『俺達は実質的、月々10万程度しか支払っていない』
『・・・・どう言う・・・』

意味なんだ、と続ける力がない。
何となく、リュウガの中に嫌な予感が浮かんだ。

『真司が入院する時、俺達は病院とこれからのことについて話し合った』
『勿論、その中に費用のことも入ってる』

母親の後に、父親は暫し間をおいてから続けた。

『最初に突きつけられた金額に、勿論俺達は払えないと病院側に言った。保険を効かせたとしても払える金額じゃないからな。そして、病院から一つの提案が上 げられたんだ』

父親は初めて、悔しそうに床を睨んだ。

『「真司君の部屋に散布する薬を、試薬にしてはどうだろうか」・・・とな・・・・』
『何・・・だって・・・・?』

余りの衝撃に、今度こそ、思考が止まる。
試薬。つまりは、試すための薬。
では、真司は実験動物だというのか・・・・?
リュウガは向かい合わせに座っていた父親を見るが、父親は一向に顔を上げず、唯々、床を睨むだけだった。

『担当の先生も苦肉の策だったようだ・・・・俺達には到底払い続けられる金額ではない費用を、どうやったらカバーできるのかと・・・・』
『・・・・そんな・・・』
『勿論、動物実験をして他の国でも成果が上がっている薬だけを使うという前提だ・・・』

じゃあ、今まであの部屋で撒かれた数十種類の薬は、全て試薬だったというのか。

『そのことを飲めば、病院側は費用に関して90%のカットをすると言ってきた』
『真司はその事・・・・』
『あの子は知らない・・・教えられるわけが無い・・・・』

父親と母親はそれ以上何も言わなくなった。
真司が実験台・・・・。
何かが、自分の中で崩れるのをリュウガは感じた。

それから家族で話し合い、出きるだけ入院費用を自分達で出していけるようにしようと決めた。
自分達にはそれしか出来ないのだから。

そして、こうも言われた。

決して本人には公言しないこと。
聞かれても、はぐらかすこと。




真司を恨んだことも無ければ、重荷に感じたことも一度も無い。
決して真司が悪いわけではないのだ。何せ、悪いのは自分なのだから。
真司が願ってくれて、今、此処で息をしている自分が――自分達が、この元凶なのだから・・・・。
余りにも重過ぎる事実を、両親の了解を得て、リュウガは従兄弟である竜也と竜馬にうちあけた。
そして、自分自身を大切にしてもらうため、ダークウィングであった飛来大輔にも話した。

たぶん、それは唯の言い訳なのだと思う。
自分はきっと、重すぎる荷物を分散させたかったんだ。









「これが・・・・真実だ。どうだ・・・納得してくれたか?」

会議室。
リュウガの目には、ショックを受けた秋山と手塚が写る。
それは、あの頃の自分とダブらせる。
事実を知るまで、自分は真司を一生守っていけるのだと、そう、信じていた。
それを崩され、更には巨大な壁を作られ、どれほど泣き叫んだだろうか。

「真司には、絶対に言うな。特に、秋山」

この男は、もしかすると話してしまうかもしれない。
そのことに、リュウガはどこか期待していたのかもしれない。
自分達が出来なかった汚れ役を、買ってくれるのではないかと。

「・・・・・」

秋山は何も言わず、苦しげに床を見ている。
それは、あの時の父親によく似ていた。











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