カウンター
――Two wishes and hope――







朝9時過ぎにアトリを出て病院へと城戸に会いに行き、一通りの世間話などをして正午前には再びアトリに戻る。
これが秋山の、生活スタイルとなっている。
そしてその日、店主から渡された茶葉を渡してやり、喜ぶ城戸に今度きちんとしたティーセットを持ってきてやると約束し、再び正午前にはアトリに戻った秋 山。
勿論、午後にカンザキ兄妹が遊びに来ると告げておいた。

「秋山、邪魔してるぞ」
「手塚か・・・」

店の扉を開き中に入ると、カウンターの席に数回来客している手塚が紅茶片手に手を挙げた。
ざっと店内を見回すと、ちょうど客が切れたのか手塚以外はおらず、しかも、カウンターの奥にいるはずの店主や他の従業員さえもいなかった。

「サナコさんやユイ達は?」
「買出しだ」
「買出し?そろいもそろってか?」

昨夜のうちでは今日の営業には別に足りないものは無かったはずだ。
もちろん、突発的なことは起こる物だ。そのため別段、営業中に買出しに出かけることは不思議ではない。
しかし、手塚を留守番役に他の従業員全ていないのはいくらなんでもおかしい。
不思議がっている秋山に、手塚が一つ咳払いし、秋山の方に体を向けた。

「サナコさん曰く、『今日の午後、ユイやシロウと一緒に真ちゃんに会いに行くことにしたの。だから、今から色々準備しにいくから、手塚君、蓮ちゃんと一緒 にお願いね♪』だ、そうだ」
「・・・・・だ、そうだじゃなく・・・・」
「因みに、今度店のメニューで好きなものを奢ってくれるといっていた」
「・・・・・・手塚・・・」

見事なしなりまで付けて、伝言を伝えた手塚に秋山はその場に座り込みたい気持ちにさいなまれた。
・・・・いいのか、こんな経営方針で?
だがしかし、以前の時間でもあまり決まったルールは無かったか・・・・ように思える。
だが、これはいくらなんでも外れすぎではないのか・・・・?
ユイやカンザキにとっては手塚は知り合いだが、店主にとって見ればここ数日の、数回の知り合いではないか。いいのか?そういう人間に留守番役、尚且つ店を 任せて・・・・・?
それがここの店主の性格だといってしまえばそれで終わるのだが、秋山にはやはり理解できそうもない。
ごちゃごちゃと考え始めてしまった頭を整理するために、カウンター裏にある従業員用の冷蔵庫から水を取り出しコップに注ぐ。それを一気に飲み干し一息つく と、手塚がこちらをみて笑っているのに気がついた。

「何がおかしい・・・?」
「いや、ここはいつでも変わりないんだなと思ってな」
「・・・確かにそうだが・・・・」
「だが?」
「少しは変わってしまえ・・・・」

秋山の投げやりな最後の言葉に、手塚は俯いて肩を小さく震わせていた。





「で、何の用で着たんだ?」
「今日の占いで、少々災難とでたのだが、その分見返りが大きいと出た。きっと、ここだろうと思って来たんだ」

で、結果がこれだ。と、手塚は自分の横に置かれていたエプロンを秋山に見せた。
つくづく分からないタイプだと、時間が変わっても、変わらない手塚を秋山は盛大な溜息と共に見やった。





「手塚」
「何だ?」

仕方なく、午後の準備に取り掛かる。
あと少ししたら昼を取りに来る客で忙しくなるはずである。秋山はサンドウィッチ用のレタスを手でちぎりながら、隣で食パンをスライスしていた手塚に気に なっていたことを聴くことにした。

「お前は、何時から記憶があった?」

それは、手塚に会ってからの疑問。かなり前から記憶を取り戻していたのだと手塚は再会した時に言っていた。
自分は街にでてふとした事から思い出した。他のライダー達も小さなきっかけで記憶を取り戻すのだろうか。

「14の夏、俺は友人に誘われ遊ぶことにした。そして、その時にゲームセンターに行ってな」
「ゲームセンター・・・?」

余りにも手塚に似合わない風景を思い浮かべ、秋山は思わずレタスをちぎる手を止め手塚をみやった。
そんな秋山の様子を気にもしないで、手塚は均一に食パンをカットしていく。

「その時、ふとしたことから占いのゲームをやった」
「それが、きっかけか・・・?」
「いや、まだ続きがある。―― その占いの結果は“知らない知り合いとの再会”と書いてあった」
「・・・随分といい加減だな」
「そうだな。だが、俺は何かあるのだとその時に思った。そして、その結果の紙をポケットにしまいその日はそれで終わった」

あの日、機械から出てきたレシートの様な一枚の紙切れ。其処に書かれていた言葉に何故あそこまで引かれたのか――今では分かるが――あの頃は不思議だっ た。不思議だったからこそ、自分はその相手を探し歩いたのだ。

「俺はその“知らない知り合い”とやらを探すため、次の日から街中を歩き回った」

歩いては歩いては周りを見渡していた。自分は相手を知らないのだから、相手から見つけてくれるのを待たなくてはいけない。
逆に動き回ることが相手に見つかりづらくなるかもしれないなど、あの頃は考えもしなかった。

「そして、歩き回った結果。とある小学校の前に着いたんだ」
「小学校?」
「ああ、ここからもさほど遠くない」

そう言われ、ここから近い小学校を思い浮かべるが、そちらの方にあまり足を向けたことの無かった秋山はぼんやりとしか思い出せなかった。
ちぎり終えたレタスを、一枚一枚ペーパータオルで水気を取っていく。パンをきり終えた手塚も手を貸した。

「丁度、俺が小学校に着いた時、下校時間だったらしくて沢山の子供達が校門から出てきたんだ。そして、その中にあいつが居た」
「まさか、お前がライダーになった理由のか?」

秋山の質問に、手塚は苦笑しながら首を横に振った。

「雄一とは、その後高校で会った」
「じゃあ誰だ?」
「エビルダイバーだ」
「何?」

予想もしない手塚の答えに秋山は再び作業の手が止まる。
そんな秋山の様子に、今度は小さく笑いながら、手塚は続けた。

「今は 水谷 浩哉(みずたにひろや) と言う名前だ」
「水谷、浩哉・・・」
「エビル・・・浩哉は、校門の前に立っていた俺に近寄ると、『久しぶり、手塚海之』と言ったんだ」

その時に、頭の中で何かが割れるような音が響き、手塚は思わず地面に足をつけた。その様子に子供は静かに、大丈夫かと聴き、大きく騒ぎはしなかった。そし て、まだ混乱の頭でいる手塚に、『エビルダイバー』だと、自分で告げたのだ。
その名前に、記憶の洪水が押し寄せ、全てが飲み込まれ、気がついたときには、小学校の保健室だった。

「気を失ってしまった俺を、浩哉が先生に知らせ、俺は保健室に運ばれたそうだ。気がついたらあたりが白いカーテンで驚いた」
「・・・」
「その横で、浩哉が目に涙をためながら謝っていた。自分の所為で俺が倒れてしまったとな」

さすがに気を失ってしまうのは予想していなかったのか、最初に見た小学生らしからぬ落ち着きは影を潜め、ただただ自分の失態にどうすればいいのか分からな い子供がいた。

「今は、リュウガ達と同じ大学の1年生だ」
「・・・・つまり、会ったのは小学2年か・・・?」
「ああ」







14の夏。
ふとした遊び気分でやったゲーム機。それから出てきた結果に、自分はどれだけ振り回されたことか。
保健室で目覚めた後、まだ中学生とう言うことから親を呼ばれるは、学校の方にも連絡が行ってしまうは、散々な目にあってしまった。
そして、改めて8歳の少年と顔を合わせたのは、それから1週間後。


学校からの帰り道。中学校の校門に、エビルダイバーである水谷浩哉は手塚を待っていた。
そして、二人で途中まで一緒に帰ったのだ。

『ねぇ、手塚海之』

相手の呼び方に、少し驚いたものの苦笑を浮かべ、少年の頭を撫でた。

『それでは呼びづらいだろう。好きなように呼んでいい』
『じゃぁ、海之』

余り名前の呼び捨ては好きではなかったのだが、この際仕方ない。

『それでいい。で、何なんだ浩哉?』
『お願い。龍騎を探して』

龍騎。それは手塚が自分の命を懸けて運命を変えた城戸真司という青年。

『・・・城戸を?』
『うん。モンスターだった僕達が今、こうしてるのは龍騎が願ってくれたからなんだ』
『願った・・・?』
『そう、お願いしてくれたんだ。だから、僕達は今こうしていられるんだ』

それ以上は今の自分には難しすぎて説明できない。そう自分に言ってきた相手は、次に小さく『ごめんなさい』と謝った。

『何故謝る?』
『だって、僕がきちんと言えないから・・・』

小学2年の子供にしては十分すぎることを認識していないらしい、目の前の少年は益々肩を縮めて視線を落とした。

『十分だ浩哉。一緒に城戸を探そう』

肩を落とす少年の前にしゃがみ、目線を合わせた。

『え?』
『一緒に探すんだ。城戸を』

その言葉に含まれる意味をどう取ったのかは分からないが、落ち込んでいた少年は見る見るうちに、子供らしい笑顔を浮かべた。

『うん!!』
『じゃぁ、まず手始めにこの街を歩くか』
『分かった!!僕、地図持って来るね!!この間の授業で貰ったんだよ!!』
『では俺は、飲み物とお昼を用意しよう。家庭科にはちょっと自身がある』

そして、休みの日には二人で街中を散策するといった習慣が出来た。
晴れでも雨でも。二人で笑いながら街中を歩き回ったのだ。


そして、月日は流れ、再びセミが煩く鳴き始めた頃。

『あッ!!』
『どうした浩哉?』

何時もみたいに、駅前で待ち合わせをし歩き出そうとした矢先、少年は何かを見つけたように慌てて人の波に指を指した。

『い、今見た!!ドラグレッダー!!!』
『何!?』
『ほら!!あそこの紅い髪の人!!』



そして、ようやく城戸に会うことが出来た。



『手塚・・・君に、もしかしてエビル?』
『久しぶりだな、城戸』
『久しぶり!!龍騎!!』




あの夏に手に入れた占い結果。

“知らない知り合いとの再会”。


機械も、案外馬鹿にはできないな。








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