――Two wishes and hope――
お菓子を買い、その他の商品や雑誌などを物色した後、城戸は再び秋山を連なって病院の廊下を歩き始める。
因みにお菓子が入った袋はご機嫌な城戸が持ている。
この階には城戸の部屋以外には入院設備は無い。
秋山は城戸の横でこの階を見回しながら歩いていた。
城戸の部屋に、看護師のいる部屋、医者の休憩部屋、先ほどの売店、それから医療機器を納めておく部屋。
その他にも倉庫のようになっている部屋から時折、看護師がなにやら運び出したりしていた。
そして、四角い建物の角にたどり着くと、城戸は真横にいた秋山へと振り仰ぎ、どこか自慢げにとある一角を指差した。
秋山は指差された方を見やり、徐々に目を見張った。
其処にあるのは入院施設によくある談笑部屋なのだが、普通と少し違っていた。
最初はなんら変哲も無い談笑部屋だった。しかし、徐々に城戸の部屋と同じはめ込み式の窓から差し込み始めた太陽の光。
そして、それに続く水面の反射。
それらは上手い具合に交じり合い、部屋の中で七色の光として部屋一面に反射しあっていた。
「これは・・・・すごいな」
「だろ?」
七色に光る部屋に素直な感想を述べると、まるで自分の宝物を自慢するかのように城戸は嬉しそうに笑った。
「この時間、ちょうど太陽が向こうに差し掛かるんだ。そんでその時晴天だったらこの部屋はこんなになるんだよ」
「この水の反射は?」
「ああ、昨日雨がすごかったろ?」
秋山は昨日の天気を思い出した。
確かに昨日は稀に見る大雨で、どこかが地崩れを起こしたとかニュースで流していた。
「その雨が、窓の下の溝に溜まって、こんな風に反射してんだよ」
「なるほど・・・」
光の乱反射。
秋山はその言葉を思い浮かべる。
「よかった〜これ、蓮にも見せてやりたかったんだよ」
「何故最初にここに来なかった?」
それは素朴な疑問。
城戸真司という青年は何事にも一直線な性格である。
そんな城戸の性格を考えれば、まず初めにつれてこられる場所はここではないだろうか?
「ここ、今の時期は太陽が通るのほんの10分かそこらなんだ。んで、窓から見えるあの建物と建物の間、あそこにちょうど通るのが今からなんだ」
そんで、と城戸は続けた。
「蓮と一緒に部屋を出たのが9時ちょい過ぎで、今の時期だったらここの部屋に太陽の光が入るのが9時半ぐらいなんだ。だから、先に売店に寄った」
「何時に太陽が通るのかわかるのか?」
「まぁ、ね。ほら、ここって何もないからさ。覚えることが地味って言うか、雑学過ぎっていうか・・・・」
物心ついたときからすごしている建物。閉鎖的な部屋の中で1ヶ月に一度だけ、少し広がる世界。
初めてこれを見つけた時は城戸も本当に驚いた。確か7,8歳ぐらいだったでは無いだろうか?
それから何故、あんな現象が起こったのかリュウガ達や両親に図鑑などを買ってきてもらい必死で探したのだ。
他にやることが無い部屋の中。それはとても楽しく、何時しか城戸の頭の中には雑学知識が多彩に詰め込まれていった。
「だが、そのお陰でこんな現象が見れるんだ。大したもんじゃないか」
「そ、そう?」
「ああ」
「そっか」
深くしっかりと頷く秋山に城戸は心がほんのりと暖かくなるのを感じた。
実を言うと、この七色の部屋はリュウガ達にも言っていない。
自分だけの宝物にしようと幼心に城戸は決めていたのだ。しかし、1ヶ月前、秋山の姿を見た時、この光を共に見たいと思った。
きっと浅倉の下から一緒に帰る時に歩いた海に少し近かったからなのかもしれない。
あの時は必死だった。秋山の戦う理由を知った後、どうしたら秋山のためになるのか必死で考えていた。
しかし、いい考えは浮かばず、結局自分は秋山と戦うことでその重さを受け止めることを選んだ。
そういえば、今彼女はどうしているのだろうか。
秋山の戦う理由となっていた彼女は、自分と同じように、この白い部屋の中で過ごしていた。
意識は無かったとはいえど、寂しくなかっただろうか、辛くは無かったのだろうか。
「城戸?」
「えっあ?」
秋山に呼ばれ慌てて顔を向ける。すると視線が絡まった。
それだけのことでこの胸はざわめく。あの頃、秋山の戦う理由に自分は何度押しつぶされそうになっただろうか。
しかし、そんな自分を何度も救い上げてくれたのも秋山自身。
そのことに礼を言うことさえ出来ないでいた自分は、ただ必死に秋山の背中を追っていた。
「どうか、したのか?」
「・・・なんでもない」
「・・・・」
「本当だよ。ただ、俺も昔を――あの頃を思い出してただけ」
目の前の光は太陽の移動と共に徐々に変化して行き、そしてゆっくりと消えていく。
「あの頃はさ、必死だった。右も左も、前さえもわからないけど、必死に走ってた」
「ああ・・・」
城戸は光の消えた部屋に入ると、外の景色を見るように窓辺の椅子に腰をかけ、秋山もその横に並んで座った。
「俺、馬鹿だから・・・蓮や北岡さんの戦う理由も知らないで戦いを止めるんだ!って騒いでた・・・」
「・・・・」
窓から見える外の世界は、あの頃となんら変わっていない。
晴天の下、今日も働くために、遊ぶために、ただ単に気晴らしをするために、人々は歩いている。
その姿を見ながら城戸は続けた。
「でも、結局最後は戦いを止めたかった・・・やっぱ、それが俺のライダーとしての願いであって、理由だったから・・・」
「・・・・そうだったな・・・・」
灰色の曇り空の下、青いジャケットと白い車体を紅く染めながら呟かれた言葉。
秋山はその時を鮮明に覚えている。忘れたくとも忘れられないでいる。
記憶を取り戻し、城戸と会ってから何度、夢でうなされただろうか。
その度に、次の朝は必ず城戸の姿を確認しに来てしまう。そうしなければ、不安に胸が潰されそうだった。
もう、二度とあの時のように失いたくは無い。
秋山は強くそう心に呟いた。
「なぁ、蓮」
「何だ?」
視線は窓の外に向けたまま城戸は秋山に問いかけた。
「あの・・さ、エリさん・・・彼女はどうしてるの?」
自分やユイが歪みを背負ったことで、彼女はこの空の下なんの支障もなく元気に過ごしているはずだ。
笑いながら自分の人生を過ごしていることを、祈っている。
「さぁな。彼女とはまだ会っていない」
「そっか・・・」
「だが、元気に過ごしているだろう。元々根が強かったから」
「・・・うん」
「なんなら、カンザキシロウにでも聞いてみろ。確かまた同じ研究室だと言っていたから」
「・・・そうだね」
光が過ぎた部屋の中。ゆったりと時間は流れていく。
暫く外の景色を堪能すると、城戸は再び立ち上がり秋山へと手を差し伸べた。
「戻ろう。俺、喉渇いちゃったよ」
「そうだな、戻るか」
秋山は、差し伸べられた手をしっかりと掴み、立ち上がる。
そのまま立ち上がったが、どちらも手を繋げたまま離せないでいた。
「離せよ・・・」
「お前から、離せ・・・」
まるでどちらが先に電話を切るかの状態である。
一度掴んだら、次は二度と離さない。そう秋山は決めていた。
失うことへの恐怖、忘れてしまっていたことへの罪悪。
城戸は、覚えていたのだといっていた。物心ある時にはすでに2重の記憶を持っていたのだと。
「城戸・・・・」
「な、なんだよ?」
区切られている部屋の中で手を繋げたまま、酷く真剣みを帯びた声で呼ばれれば誰だって胸の中がざわめくのでないだろうか。
城戸は、内心慌てているのを表に出さないようしながら秋山に顔を向けた。
見える秋山の顔は、少し辛そうにこちらを見ている。
その顔に、1ヶ月前、あの再開の時にみた顔とダブらせる。
あの頃まで、自分は秋山達に二度もこんな表情をさせたくなかったから、自分のことは隠しておいて貰っていたのだ。
それをリュウガに告げると、分かったと頷き、自分に繋がるOREジャーナル周辺に細工をした。
過去、ライダー若しくは深く関係していた人にだけ発動する、いうなれば壁のようなものだといっていた。
それがどのような作用をもたらすのかは分からないが、きっとその場に近寄りたくなくなるようなものだろう。
しかし、目の前の秋山はその壁を越えてきてしまった。正直言ってしまうと、とても会いたかったが、一番、会いたくなかった。
それほどまでに、自分は焦がれていた。この目の前の相手に。
「これからは何も隠すな。全て俺に話せ」
秋山は抱えていた不安を全てひっくるめて城戸へと告げた。
もう、自分だけが何も知らない状態には居たくないのだ。目の前の相手を失うことは二度としたくない。いや、してはいけない。
その思いだけが今の自分の行動源だと言っても過言ではない。
そんな秋山の様子を見る城戸は、一旦両目を閉じ、暫くしてから再び開けた。
「分かった。蓮に言うよ、全部。約束する」
「・・・・」
そうして、ゆっくり秋山は城戸の手を離す。
繋げていなくとも大丈夫なのだと、心のどこかが優しく囁いた。
その言葉に秋山は握っていた手を一度だけ強く握り、ゆっくりと城戸の部屋に向け歩き出した。
その横には、どこか穏やかな顔つきの城戸がしっかりとついてきている。
秋山はそのことをしっかりと確認し、再び前に視線を向けた。
失うことは恐怖、忘れてしまうことは罪。
では、思い出すことは何なのだろうか。
次
戻る
TOP