――Two wishes and hope――






あれから約1ヶ月の月日が経ち、春めいた時期が徐々に雨季に近づいている。
そして、秋山は城戸の病室へと毎日のように通っていた。

「城戸」

病室にたどり着くと、受話器を取り中の部屋の住人に呼びかける。
時刻は午前9時。普通の病室であれば見舞い時間ではないのだが、城戸は病気とは言えど、それが普通になってしまってい、良くも悪くもならない所為か特に訪 問時間について医者から言われていないとのことだった。
勿論のこと、早すぎるのも遅すぎるのも良くない。
そのため、リュウガ達は朝の9時〜夕方6時半までを城戸の面会時間としており、秋山達にもそう告げていた。
そして、いつもであれば大体この時間帯はまだ寝ぼけ半分で返事が返ってくるのだが、その日は違っていた。

『蓮?』

呼びかけてから暫くの間が開き、聞こえてきた声。
いつもの寝ぼけ声とは違い今日ははっきりとしていた。
そして、ガラス越しに見えるカーテンが揺れ、中から外行きの服を着た城戸の姿が出てきた。

「どうしたんだ、その格好は?」

『へっへ〜、似合うだろ?』

この間リュウガ達が新しい服を買ってきてくれたのだと、受話器越しにご機嫌な声が聞こえてくる。
その様子に小さく笑みを浮かべながら、「ああ」と頷く。

「中に入ってもいいか?」

城戸は肺に異常があり、滅菌された無菌の空気の中でしか生活が出来ない状態である。
そして、部屋の中には週に数度、空調と一緒に滅菌用の薬が撒かれており、その日その日で部屋の中に入れる人数が制限されてしまう。
そのことを知った最初は戸惑うこともあったが、今はだいぶ慣れてきた。

『あ、今日は俺が出るね』
「お前、出れないんじゃなかったのか?」
『そうなんだけど。今日は特別なんだ』

受話器越しに聞こえてくる元気な声に、慌てて止めようと口を開く秋山より早く、城戸は持っていた受話器を置くとさっさと奥に引っ込んでしまった。
秋山は暫し呆然とし、直ぐに我に帰った。
城戸を止めなければ!
秋山は持っていた受話器を急いで戻すと、慌てて部屋へと通じる扉に手をかけるが、

「れ〜ん!」
「ッ!?」

一瞬の差で、横スライドの扉は開かれ中からマスクをした城戸が勢いよく飛び出し、秋山に飛びついてきた。

「ば・馬鹿が!!お前は死ぬ気か!?」

慌てて城戸を部屋の中へと押しやろうとすると、戸は懇親の力で抵抗し、首を横に振った。

「れ、ちょっ、まってよ!!」
「待ってられるか!」

こんなことをしている間に、城戸は喋るのだ。喋れば勿論のこと空気を吸うことになる。それはつまり城戸の様態を悪化させることに繋がる。

「き、今日は外に出ても良い日なんだよぉ〜!!」

尚も押され、扉の中に押しやられそうになった城戸は慌てて秋山へと弁解を叫んだ。
その言葉に、城戸を押していた秋山の腕はぴたっととまり、城戸を訝しげに見やる。
本当なのか?と、心の其処から怪しんでいるのがよくわかる顔つきの秋山に、城戸は大きく必死に首を縦に振った。

「月に一度だけ病院の、この区間だけ部屋と同じ薬撒いてくれるんだよ!!だから、その日だけ、俺は外に出てもいいの!!!」

尚も説明をする城戸の頭を秋山ははたいた。

「あてっ」
「なら、部屋を出る前にきちんと説明しろ!」
「だって・・・」
「だってじゃない!」

小学生か、と城戸を睨みすえる秋山は内心ひやひやしたと安堵の息を吐いた。
城戸の説明によると、この日、城戸の部屋がある棟のこの階だけに部屋と同じ滅菌薬を空調と共に散布するため、この区間のみ自由に行き来していいことになっ てるのだという。
まったく、と再び溜息着く秋山に申し訳なさそうにしょぼくれる城戸。

「だって・・・直ぐに蓮と直接話したかったんだもん・・・」
「城戸・・・・」

直ぐに直接、話しをしたかったといってくれるのは嬉しいが内心落ち着かない。
目の前の相手はその言葉をどんな気持ちを込めて発しているのだろうか。

「・・・・ごめん、心配かけて・・・」

何も発しないこちらの様子に、まだ呆れているのだと思った城戸は素直に謝り、秋山はそんな城戸の頭を軽くなでてやった。
その仕草が怒っていないと、言っているのだと城戸は気づき伺うように秋山に視線を向けた。

「今度からはきちんと説明してくれ。何も知らないこちらには死ぬ思いだ」
「・・・ああ、ゴメン!」
「反省してるのか?」
「・・・・・・ごめんなさい」




「で、どこへ行くんだ?」

その後、城戸は秋山を連なって歩き始めた。
目的無しに歩いているのかと思っていた秋山だが、城戸の足はきちんと目標を持って歩いているのだと気づいた。
今はもう病室を出て、もうそろそろ地図上では反対側にあたる場所まで来ていた。

「あそこだよ」

そういって、城戸が指した先にあるのは一軒の売店。

「普通、売店は1階にあるものじゃないのか?」

大きな病院の売店には、外来患者以外にも入院患者用の品も置いてあり、それは主に外来が使いやすい1階に設置されていることが多い。

「うん、1階にもあるんだけど、この階だけは特別なんだ」

そういい迷わずその中へ入っていく城戸と一緒に中へと入っていった秋山。
ぐるりと見渡せば、商品棚にはおにぎりやサンドウィッチ、お菓子といった食べ物に始まり、飲料水に雑誌、入院患者用の品、雑貨の類が置かれていた、
その中で城戸はお菓子の棚の前で、腕を組み親権ににらみ合いをしていた。

「う〜ん・・・・」

その姿に、前の時間でも見かけたな、と、ふと秋山は思った。
あの頃はこんなのんびりとした気分ではなかったが、今は余裕を持って見ていられる。
以前の自分が知ったらどう思うだろうか。やはり、怒るのだろうか、それとも・・・
そんな考えに浸っていたら、城戸は秋山の前に2種類の菓子を突き出してきた。

「どっちがいいと思う?」
「・・・・・」
「両方とも新商品なんだけどさ、俺今月ちょっとお金ないんだよね」

そういって再び悩みだす城戸に秋山はあの頃を重ね見てしまった。
そして、不意に思い出した灰色の空と紅く血塗られた車体。

「ッ!!」
「れ・蓮!?」
「・・・・だい・・じょうぶだ」
「おい!?」

いきなりその場で倒れかけ、反射的に横の棚に縋った秋山に城戸は驚き持っていた菓子を床に落とし、慌てて秋山を支えようと手を伸ばすが、その手を秋山は拒 んだ。
そのため城戸は慌てて店員の下に走ろうかとしたが、秋山はそんな城戸の手を強く握りこむことで静止させた。
どうすることも出来ず、城戸は握られた手を両手で強く握り返した。

「れ・・・蓮・・・」
「大丈夫だと言っただろうが・・・」
「で、でも・・・」

深呼吸を繰り返し、徐々に落ち着いてきた心臓に秋山は小さく息を吐くと城戸へと向き直った。
向けられる目には強い不安。
あの頃何度と無く見てきたその視線に、苦笑すると、

「何笑ってんだよ!?どっかおかしいとか、病気とか?!」
「うるさい。大丈夫だと言った筈だ」
「でも!」
「・・・思い出しただけだ」
「あ・・・・」

何をとは言わずとも、城戸には理解できた。
ここ最近、城戸の部屋に尋ねた際に何度か似たようなことがあったことを思い出した。
そして、そのたびに自分が亡くなったときのことを思い出したのだと告げられ、酷く困ってしまうのだ。
そして、今も。

「・・・もう大丈夫だ」

そういい、背筋を戻した秋山はいつもの表情でそこにたっていた。
城戸も不安な感情を奥に沈め、小さく「ごめん」とだけ謝った。

「お前が謝る必要は・・・・無くは無いか」

秋山は、城戸に謝られ、正直なんて返せばいいかわからないでいた。
もう前の時間なのだ。あの頃を引きずり過ぎるのは良くない。だが、引きずらなすぎるのも良くないのだ。
現に、城戸やユイは前の時間を引きずっているのと同じなのだから。

「気にするなとは言わないが、其処まで思い悩むな」

そして、今はこれしか言えない自分を歯がゆく思い、秋山は城戸が落としてしまっていた2種類の菓子を手に取った。
そして、そのままレジの方へとさっさと歩き出す。

「え、蓮!?」

城戸は、急な秋山の行動に唖然とし、暫くして我に返ると、レジへ向かってしまった秋山に驚き慌てて後を追う。

「今日はおごってやる」
「え?」
「たまにはいいだろう」

こちらを向いた秋山の小さな笑みを浮かべた顔に、城戸は一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに喜びの表情へと変えた。






戻る
TOP











カウンター