――Two wishes and hope――
秋山は城戸の説明を聞いて、思い出した。
―― ああ、そうだ。
―― エリに新しい命を与え、命尽きた後城戸は必ず自分を待っていてくれると思っていた。
―― それなのに、行き着いた道以外何もない場所には城戸はいなくて。自分は酷く怒ったのだ。
「だから、ユイちゃんの取り分はそれできちんとあってるんだよ」
全てを話し終え、城戸は少女へと笑った。
「わかった・・・・でも、真司君」
「何?」
「約束。ちゃんと守ってもらうからね!?」
「・・・ぁ〜・・・;」
少女との約束。
笑いながらの再開が出来なかった場合は針千本。
「ユイ。遠慮は要らない。今すぐ買って来い」
金なら出す、と城戸を睨みながら言う秋山。
「ちょ、蓮!!」
慌てて嫌がる城戸を秋山は睨んだままその手を掴んだ。
「では何故俺を待たなかった!?」
「・・・蓮」
「俺では力になれないのはわかってる。だが・・・相談ぐらい、出来ただろうが・・・・」
それほどまでに、自分は弱かったのだろうか?
それほどまでに、あの1年間は城戸と自分にとって弱いものだったのだろうか?
「・・・・・ごめん。俺さ、ほら思い立ったが吉日思考だから、すぐにやっちゃおうって、そう思ったんだ」
握り締められた手を、強く握り返し城戸は返す。
「・・・ねぇ、真司君。真司君は今どんな状態なの?」
秋山の手を強く握り返している城戸へ、少女は不安を聞いた。
幾重にも重なる扉。
何十もの予防を施した設備。
今いる部屋の空調にも、何か薬品が混ぜられている。少女の鼻にはそう感じる。
そして、一切開くことが出来ない二枚の大きな窓。
それらは全て外との関係を遮断している。
「俺はリュウガと一緒に、俺の両親の間に生まれたんだ」
城戸は握っていた秋山の手を離すと、少女へと向き直った。
「そして、俺だけ生まれてから数ヶ月で酷い肺炎を何度と無く起こすようになった」
そのことを不審に思った両親は、入院していた病院の医師へと相談し、城戸は詳しい検査を受けることになった。
「そんで、俺の肺は動きだけは正常のものの空気の中に含まれている雑菌に対して酷く弱いことがわかったんだ」
食べ物は平気だった。何を食べても病気になることは無かった。
だが、一度街の空気を吸ってしまうと、それだけで肺は張り付いた菌の繁殖を止めることが出来ず、最悪の場合は死んでしまうことになる。
それを知った時、両親は酷く悲しみ、家族全員で暮らせるなら田舎の山奥にでも住もうかと話しがあがった。
だが、
「・・・・それでも、俺の肺はついていけなかったんだ」
病弱の子も住んで、頑張って元気に学校に通っている集落があると聞いた両親は、試しに1週間ほどそこに双子を連れて住んでみることにした。
最初の2,3日は良かったものの、城戸は4日あたりから咳をし始めて徐々に悪化していった。
その後はどんな場所に行こうと同じだった。
良いのは最初だけで、結局は最後は病院しか住む場所がなくなってしまった。
親は泣く泣く、病院の施設に城戸を預けた。それしか、幼く肺の弱い城戸が生きる道がなかったから。
「そんで、今の状態にあるんだ」
外と遮断された一室。
よくよく見渡せば食事を抜かし、ここだけで住んでいける設備がきちんと整っている。
「・・・・でもね、俺後悔してないんだ」
道しかない場所で。
重い金属の扉を前にして。
城戸は、あの時感じた自分の気持ちをしっかり持っていた。
「そりゃー、外歩きたいよ?買い物したいし、買い食いしたい。また、蓮と一緒に海歩いてみたい。ユイちゃんとお茶したい。路上で手塚君の占いをしてもらい
たい・・・・やりたいこと、沢山あるけど、俺外に出れないことは別に後悔してないんだ」
「城戸・・・」
「・・・真司君」
「だから、さ。そんな顔しないで二人とも」
城戸は椅子から立ち上がり備え付けのティッシュから何枚か抜き取ると、少女の前に差し出した。
「ありがとう・・・・」
最初は静かに涙を流していた少女は、徐々に嗚咽を漏らし受け取ったティッシュに顔を隠しながら声を上げ泣きはじめた。
「それで・・・・あのモンスター達は、城戸の従兄弟として生まれたんだな?」
少女が落ち着いた頃、秋山は城戸へと問いかけた。
紅い長髪の青年と、黒い短髪の青年。
「うん。俺、物心ついたときには前の記憶もあったんだ。それはあの二人とリュウガも一緒でさ」
親がいなくて、4人そろった時は小さいながらも前の世界についてよく語ったものだ。
「ダークウィングもか?」
それは、かつて秋山と契約を交わしていた蝙蝠のモンスター。
城戸はその名前に酷く楽しそうに笑いながら、
「それがさー、何でだか竜也・・・ああ、ドラグレッダーの方ね」
詰まりは紅い髪の青年。
「で、竜也が見つけてきたんだよ」
「ダークウィングをか?」
「そう。竜也と竜馬、それにリュウガが通っていた大学で、竜也のやつダークウィングだ!っていきなり目の前にいた青年の肩を掴んだらしいんだよ」
いきなり肩を掴まれた方は酷く驚いて目を白黒させてたそうだ。
「で、ダークウィング、って呼んだら向こうも直ぐにわかったのか、ドラグレッダーか?って聞き返して、その後はあれよあれよという間に、俺の部屋に連れて
きたんだ」
あの時のダークウィングの様子は面白かったと一人笑う城戸に、秋山は出されていたお茶に口をつけ、訪ねた。
「では、時折ここに来るんだな?」
「うん。今は飛来 大輔って名前なんだって」
そういって、城戸はテーブルに漢字で飛来大輔と書いた。
「きっと、蓮にも会ってくれるよ。勿論ユイちゃんにも」
「会えるの楽しみにしてるわ」
城戸の言葉に嬉しそうに頷く少女を秋山は落ち着いて見ていた。
『城戸』
そんな折、部屋に手塚の声が響いた。
「あ、手塚君だ。戻ってきたんだ」
城戸は立ち上がり、カーテンの向こうへと向かった。
そして、暫く経ってから、
「れーん、ユイちゃん。手塚君達帰るけど、どうするって?」
カーテンの向こうから戻ってきた城戸は2人へと問いかけた。
「そうねぇ・・・・」
久々に会え、まだまだ言いたいことはあるのだが、何分店を叔母一人に押し付けてしまっている。
少女は溜息をついて城戸に向き直った。
「また、真司君に文句いいに来るからね?」
「分かったよ」
少女の言葉に笑いをかみ締めながら、城戸は頷いた。
「蓮は?」
「・・・そうだな・・・・」
大きな嵌め込みガラスから見える空と木々、そして街。
それらをゆっくりみやってから、秋山は城戸を見て、
「もう少し、いさせてもらおう」
「そっか・・・」
どこか、安堵したような表情をしたのは、秋山の思い善がりだろうか。
その後、持ってきていた荷物を城戸に渡すため、手塚は少しの間だけ、城戸の部屋に入ってきた。
数分だけ直接話し、ユイを伴い出て行った。
『それじゃあ、真司君。またね?』
「うん。ユイちゃん。手塚君やリュウガ達も」
『あ〜あ、あの教授がレポートなんか出さなきゃ今日は真司と一緒にいられたのに・・・・』
今通っている大学で一つ、大きなレポートを出すよう言われたらしいリュウガと、それのサポート役を買わされてしまったらしいドラグレッダーとドラグブラッ
カー ――時田 竜也と竜馬。
「ほら、リュウガ。大久保先輩のとこで社員にしてもらうにはそれぐらいこなさなくちゃ駄目なんだぞ?」
『なら、真司。お前がやるか?』
「・・・・・ごめんなさい」
どっと笑いが溢れる。
その様子を秋山は楽しそうに静かに見ていた。
再びカーテンの中へと戻った二人は先ほどのテーブルとは違った、個人用のソファーにくつろいでいた。
この部屋は既にマンション等のワンルームと同じであると、色々部屋を案内されて秋山は思った。
白い壁と天井、リノリウムの床の部屋は約18畳程のほぼ正方形の形をしている。
トイレに簡易シャワールーム、安全上の問題で台所は着かないもののポットは置いてあり電気式のコンロが1つあった。
電気式のコンロの周りは何度も擦れ、汚れが擦り込まれたようになっており、そこが頻繁に使われていることが窺い知れる。
どうやら、お茶はよく飲んでいるらしい。
コンロの横にある小さめの冷蔵庫は冷凍室もあり、アイスや氷やらが入っていた。
中には食べかけのアイスもあった。
そして、パソコンデスクには会社の備品だという白のノート型パソコン。
部屋の角にテレビとオーディオ機器といった情報元。また反対の角にはMDコンポが置いており、リュウガ達がCDを買ってきてくれるのだといっていた。
テレビを見やすいように配置されているソファーやコンボの上には乱雑に置かれた様々な雑誌。
城戸曰く、
「ちゃんとした基準で置いてんだから、勝手に片付けんなよ?」
とのことだ。
二人して、それぞれソファーで寛ぐ。
「あ〜あ。久々に皆に会えたからちょっと疲れちゃった」
「・・・少し寝るか?」
「ん〜・・・・そうさせて貰おうかな・・・・」
小さなあくびひとつ。城戸はソファーに寛いだまま寝る体制をとった。
「おい、ちゃんとベッドに戻れ」
「えー・・・面倒臭い。せっかく天気がいいんだから。このままでいいじゃん」
二人がくつろいでいたソファーは大きなガラスにも面しており、日差しの暖かさが伝わってくる。
「風邪引く・・・」
「・・・平気平気・・・・」
その後は小さな寝息が聞こえてくるだけ。
「まったく・・・・」
その様子に溜息をつくと、秋山はベッドへと向かい毛布を一枚手にとると、城戸の方戻ってきた。
それを、そっと城戸にかけると自分はその横に―― 床へと座りこんだ。
「城戸・・・・・」
ようやくたどり着けた。
あの頃言えなかった思い。
今告げたい思い。
今はまだ、言えないかもしれないが、城戸を見つけることが出来たんだ。焦ることは無い。
そう自分に言い聞かせ、毛布からはみ出していた城戸の手を救い上げ、手の甲にそっと口付けた。
「ん〜・・・・れぇ〜ん・・・・」
聞こえてくるのは寝ぼけながらも自分を呼ぶ城戸の声。
「ここにいる」
笑いながら答えると、眠っていた相手は嬉しそうに微笑んだ。
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