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一つの島があった。
青い海に囲まれたその島は、島というには大き過ぎて、頂点の山からはら溢れるかのように緑が広がっていた。
この島には、ありとあらゆる動物が住んでおり、勿論人間も住んでいる。
人を含めた生き物たちは、いつからこの島に住んでいたか不明で、長きにわたる時間の中、人はより暮らしやすい環境を求め、森の民、海の民とに分かれていた。
森の民は、木々で遮られ光をあまり浴びる事がない生活を送るため、髪の色は薄く、目の色も薄いのが特徴であり、
海の民は、白い砂浜に反射する太陽の光に対し、黒い髪と、黒い瞳を特徴としていた。
そして、この島ではひとつの決まりがあった。



海の民と、森の民は決して会うことは許されない。
会えば、最後。天変地異により、誰一人として生き残ることは出来ないだろう。













樹木が犇めき、太陽の光をやわらかく遮った森の中。
木で作られた家々が並んでいる、広場があった。
そんな家の、ひとつ。
少し、大きい家に住んでいる城戸は、暖かな紅茶を飲みながら今日は何をしようかと、のんびりしていた。
と、そんな中。

「城戸!!!」
「ん?」

家の外から呼ばれる声がして、どうしたのだろうか、と顔を出した。
呼びにきたのは大久保。

「お前何やってんだよ!?」

・・・はて、今日は何かあっただろうか?

城戸が、不思議というように首をかしげるのを見た大久保は、ガクッと頭を下げた。
頭を下げたまま、ブルブルと震える様子に、城戸はう〜んと、未だ考えている。

「今日は集会があるだろうが!!」

・・・・・・ぽむ!

ああ、それがあった!
と、言わんばかりな城戸の様子に大久保は心から叫んだ。




「お前はそれでも長かッ!!!」





森の民の集会。
それは、森の中に広がっている各集落の代表が集まり、長である城戸は、この会議の是非を決める役割である。
会議が終わり、城戸は椅子にもたれかかり天井を見上げていた。
その横に、―― 森の民には珍しい、黒い髪、黒い瞳の手塚が、静かに腰をおろした。

「なぁ、手塚君」
「なんだ?」

顔は天井を向けながら、視線も動かさず、城戸は手塚に声をかけた。
手塚は、静かな笑みをたたえ、目を閉じている。

「手塚君て、俺の・・・長の補佐役だよな?」
「ああ、そうだ」
「・・・・何で、俺が長なんだ?」

何度か交わされた質問。
その言葉に、手塚はうっすらと瞳を開けると、一言だけ言った。



「血だ」










白い砂浜に太陽の光が反射し、今日も日差しの強さを物語る。
秋山は今日の漁獲量を見て、各集落に十分な分配量があることを確認すると、集会場へと足を向けた。
一時の飢饉の頃に比べ、今は安定した量がとれる。
そのことに内心安堵し、石を積み上げ、泥や砂で固めた建物へと入って行った。それが海の民の集会場である。
中に入ると、日差しを遮り、石のひんやりとした空気を保っていてくれている。
秋山は会議の内容に、最終的な判断を下していく。
会議が終わり、各集落の代表が徐々に帰っていく。
そんな中、

「で、今日の会議はどうだった?」
「・・・・」

集会場の中、掛けられた言葉。
その声に、一気に眉間にしわを寄せる秋山。

「人の顔見た途端、眉間に皺を寄せるのは止めたらどうだ?」
「お前が俺の前に現れなければいいだけだ。それに、会議の内容なら一緒に居たお前だって分かっているんだろう?」
「分かってるさ、けれど、長としてのお前の意見はどうかなっと思ったんでね」

どうだか。
この男、会議の間、集落の女性群から渡されたプレゼントのチェックに余念がなかったことを、秋山は見逃してはいない。
毎度のことながら、なぜこの男が・・・と、頭痛がしてくる。
秋山は近くの椅子に座り込み、溜息を吐いた。

「何でお前が、補佐何だ?」

何度と愚痴った台詞。
その言葉に、海の民には珍しい茶色い髪と茶色い眼をした北岡は、にやりと笑った。


「血だよ」




石造りの建物は、長時間いても、日差しの暑さを遮り過ごしやすい環境を作ってくれる。
椅子に座りながら、秋山は今日提出された議案の書類について片っぱしから意見を書き込んでいく。
余談だが、海の民は海藻で紙を作っている。色は海藻特有の色をしているが、それが当り前の彼らにとって、別段気になるものでもなかった。

「森の民とはそんなに危ない存在なのか?」
「まぁね」
「となると、やはり問題は避けて通れないか・・・」

今日の数種の議題の中で一番の問題として挙がった問題。

「まぁ、若い奴らだから、やりたがるのも分かるけどねぇー」
「だからそれだから困るんだろう?」

海の領域と、森の領域。
その区切りには高い崖が聳え立ち、海の民は上れず、森の民は降りれずという形で分けられていた。
しかし、

「でも、前からその崖に近づく輩は居たんだよね・・・」

今更言っても無駄じゃない?と、楽観的な北岡である。
そのセリフに、溜息を吐き痛みそうな頭を押さえた秋山。

「そういう馬鹿をどうにか一掃できる手だてはないのか?」
「だって、よく言うだろ?“馬鹿に着ける薬はない”って」

今度こそ痛む頭を抱えた秋山だった。






















集会場から出て、城戸の家へと移った城戸と手塚。
今入れた温かい紅茶に、去年摘み取っていた干した果物を入れて、仄かな果物の香りと、少しの酸味に舌鼓を打つ。

「最近、境界線に近づく輩が増えてるみたいだな」
「だねー。危ないって言ってんのになー」

森の民と海の民との間に置かれた境界線。
最近、その境界線へと近づく若い者が増えていくと、先ほどでの会議でも出された。

「なぁ、海の民ってそんなに怖いの?」
「そう言われているな」

海の民は森のような豊かな食べ物はなく、いつも飢餓に飢えている。
喧嘩っ早く、よく相手を殴り殺すと、等とささやかれる。

「禁じられていることに、なぜ首を突っ込むか・・・」
「まぁ、ほらあれだよ、禁じられているからこそ、行ってみたい!・・・みたいな?」
「その様子だと行ったことがあるようだな・・・」
「えッ!?」

優しい笑みでこちらを見る手塚に、背中が冷たくなるのを感じた城戸だった。

「おーい、真司ー海之ー」
「あ、雄一君だ!!」

家の外から聞こえてきた声に、慌てて窓から顔を出す城戸。
そこには、にこやかな笑みを湛えた斎藤雄一がいた。

「集会が終わったって聞いたから、来たよー」
「入って来いよ!今、紅茶飲んでるから」

手塚の追及から逃れた城戸は、斎藤を呼び、もう一人分の紅茶を入れる準備を始めた。

「それじゃ遠慮なく」

斎藤は玄関は使わず、

「え・・?」
「・・・・・あ」

城戸の振り返りざま、手塚がつぶやいた瞬間、窓枠からするりと、屋内に入ってきた。

「よっと」

着地も見事なものに手慣れたものだ。

「・・・・雄一・・・」
「えへへ」

呆れる手塚にのんびりと笑った斎藤。

「何やってんだよー!!」

城戸の怒りの混じった絶叫が木霊する。



集落に響くその声に、人達は楽しげな笑いを上げる。
これがいつもの“森の民”の、日常だ。















もし、あの頃の自分に語りかけられるのなら。



必死で止めようとするんだろうな。。



森に近づくな、と。



・・・いや、それでも進んでいたのかもしれない。









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