「蓮」
「蓮」
「蓮」
何となく、その名前を口にしてみる
だけれど、何でだかしっくりとこない
何でだろう?
答える言葉
それは突然やってくる
夜、仕事から帰ってきて、くたくたのままベッドへと潜り込む
同居人は呆れているのか何も云わない
そのまま俺は深い眠りについた
はずだった
「眠れない・・・・」
ふと目が覚めた夜中3時
もう一度眠ろうと何度か挑戦してみても、再び眠気が襲ってくることもなく、ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つだけ
「眠れない」
昨日は朝早くから、モンスターの来訪があり仕事に遅刻しそうになり、尚且つ仕事で他県の取材を任されて、帰ってきてその日の記事を上げるというかなりのハードワークだった
その上、記事を書いている途中にビル全体が一時的な停電に見舞われてしまい、その所為で会社自体がてんやわんや
ようやく帰ってこれたのは日付変更線を越える直前
だから、体は随分と疲れているはずなのだ
それなのに、
「眠れない・・・」
何度目か分からない台詞を吐く
俺は仕方なくベッドから抜け出し、足音を立てないよう部屋を出た
そのまま1階へと降り、水道から直接水を飲む
蛇口を閉めると、いつも以上に店内が静かなことに気がつく
ふと、静かな外に興味が沸いた
カチャン・・・
扉の鍵を開け道路に出てみる
まだ暗く、寒くなってきた気温にあわせ、今の気温は肌着では軽く肌寒い
入り口の扉に鍵を掛け、気持ちの赴くままに歩き出す
まだ朝日も昇らない暗い街並は、月明かりも届かず街灯だけが目印だった
ぶらぶらと気の向くまま風の向くまま歩いていく
いつも見る住宅街、今はあまり車の通らない国道
ふと、横を見ると小さな小さな御社を見つけた
紅く朱塗りされた小さな鳥居と、申し訳ない程度に置かれる狛犬
どこか忘れ去られたようなそれは、街灯の明かりでようやく分かるぐらいに、そこに点在していた
「へぇー・・・こんな所に、御社なんかあったんだ・・・」
よくこの道を通るのだが、全く気がつかなかった
何となく、その狛犬の間に腰を下ろす
別に理由はない
目の前には、国道の交差点と信号
時折早出の仕事だろうか、トラック等の車両が走っていく
ふと、何かを呟きたくなった
「蓮」
一度、呟いたら止まらなくなる
「蓮、蓮、蓮」
どれくらいそうしていただろう
前を見ると、薄っすら白みがかる夜空が見える
「蓮・・・・」
しっくりとこない
何故だろう
さっきから何度呼んでも何故かしっくりこない
「蓮・・・」
こんなに呼んでいるのに
何故満足出来ないんだろう
付けっ放しにしていた腕時計に目を向けるとすでに4時半
帰ろうか・・・・?
そう思いながらも、何ともなしに、また呟いてみる
「蓮」
「何だ?」
いきなり返ってた声に驚いてそちらを見る
何でここにいるんだ
「貴様はこんな夜更けに人の名前を呼ぶ趣味があるのか?」
相変わらずの態度
「蓮こそ、何でここにいるんだよ?」
「買い物だ」
ここに来る途中にあるコンビニ袋を掲げる
「ああ、成るほど」
「で、貴様は何故ここにいる?」
納得すると、今度は質問された
そういえば、最初に質問してきたのは蓮のほうだったか
「なんだか目が覚めちまって、眠れなくて・・・夜の散歩もたまにはいいかなってさ」
「じゃあ、何故俺を呼ぶ?」
「別に、呼んでたんじゃねーよ」
「何・・・?」
「唯、何かを言いたかったんだ。でもさ・・・」
「・・・・」
「なんだか、しっくりこなくて・・・何でだろうなって思って、もっと呼んだら満足するのかなってさ」
「それで、どうだ?」
蓮は俺の方へと歩み寄り、そのまま俺の横に座り込む。
どこからかタバコとライターを取り出すと、未だ明け切らぬ空へと紫煙を曇らせた。
「結局、満足できないんだよ」
「当たり前だろうが、馬鹿か?」
少々むっとしながら「何でだよ?」と、横を振り向く
「いくら名前をつぶやいても、答えてくれる相手がいなくては、意味がない」
そのまま、俺はその口を塞がれた
口の中には少々苦いタバコの味が広がった
ああ
そうだったんだ
「蓮」
「何だ」
自由になったその口で、俺は呼ぶ
「蓮、そろそろ帰ろうぜ」
「ああ、そうだな」
明けきらぬ空は、茜色に染まっていた
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